妄想劇場 39


(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)



CDTV 3






やっと。終わったー。
あとは全員脱いで貰って。もう順番は気にせず会社に持っていけばいい。
疲れた…
この後打ち上げですって?
忘年会?新年会?
こんな時間にしかもこんな日にどこが開いてるんだろうか。
東京なら有り得るのか。

『あけましておめでとうございまーす!星野源でーす!今年もよろしくお願いします!』

あ。始まった。
今度はちゃんと見なきゃ。
マリンバを叩く星野さんを。
楽しそうに演奏するなぁ…
音楽好きなんだろうな。本当に。
好きなことを仕事にする幸せと辛さは業界が違えども共通する部分はある。
喜びと絶望は紙一重だったりする。
着物はそれでもある程度形とTPOがあるからそんなに枠から外れることはないけども。
音楽ってそれこそ人類の歴史と同じくらい長い遍歴があるんだ。脈々と受け継がれるもの。
それを星野さんは楽しそうにやっている。
ちょっと羨ましくもあるし妬ましくもある。
音楽に比べれば呉服の歴史なんてたかが知れてる。

星野さん以外を黒紋付にして正解だった。
明るい曲に対して少し大人な雰囲気が漂う。
書道家姿の星野さんが明るさと暗さの間のバランスを取っている。


ほんとに…楽しそうね…

「かおるさん?」

え?あ。楽しそうだなと思って。

「なんで泣いてるんですか。」

泣いて…?


あ。ほんとだ。
グレーの着物に丸い跡。
慌てて手のひらで拭う。


なんか。妬ましくなっちゃいました。
星野さんほんとに楽しそうで。
わたしのやってることよりも遥かに壮大で。

「わかります。」

わたしの存在は呉服の歴史には名前すら残りません。
でも星野さんは違いますね。
きっと音楽の歴史にしっかり名前を刻むはず。
そんなすごい人なのに。いろいろ普通で。

「はははっ。確かにいろいろ普通ですね」

幸せです。
そんな人の仕事のお手伝いが出来て。

「それは星野さんも同じじゃないかな?」

なんでですか?

「違う業界のプロと仕事が出来て。刺激になったと思いますよ?スタイリストさんとはまた違う意味で。」

そうですかね…


『ありがとうございましたー!星野源でした!』

小さな星野さんが深々とお辞儀をした。


「そろそろ戻ってきますね。かおるさん、すみません。打ち上げの件。」

え?あぁ。わたしも参加させて貰っていいんですか?

「星野さんたっての希望ですよ?」

そう…ですか。
こんな日のこんな時間に開いてるお店あるんですか?

「よく行くバーがね。あるんです。」

星野さんお酒飲めませんよね?

「星野さんはノンアル専門ですからね。店員さんとも馴染みなので行きやすいんですよ」

東京ってすごいところですねぇ…

「あまり行きませんか?」

1人ではなかなかね…。

「広いですしね」


ガチャ。


「ただいまー。」

星野さん。みなさん。お疲れさまでした。

「かおるさんもお疲れさまー。」

わたしはミオさんたちの片付けをしてからこちらに戻りますので、それまでに着替えて下さいね。

「はーい」


終わった開放感からかみんな顔が優しい。
やっと年越しが出来たって感じだ。
もうすぐ長い1日が終わる。

コンコン。


失礼します。
お疲れさまでした。

「かおるさん。お疲れさまでしたー。」

着替えの手伝いに来ました。

「ありがとうございます!」


着せるのはそれなりに時間がかかるのに。
脱がすのはその半分だ。
サクサクと脱がして私服に戻ってもらう。


「あー。この開放感たまんないっ!」

ふふっわかります。

「かおるさんは凄いですねぇ」

毎日着てると慣れるもんですよ?


2人が着ていた衣装をある程度たたんで風呂敷に戻していく。
もうこのあとがある訳でもないから片付けも早く済む。


では、わたしは向こうの片付けに行きますね。
ありがとうございました。

「かおるさん!こちらこそ!」

「また後でね~」

はい。


ずっしり重たい風呂敷を抱えてまた隣の部屋に戻る。
ノックして入ると星野さん以外全員私服になっていた。


「じゃオレらはロビーで待ってるから。」


長岡さんが言いながらわたしとすれ違いに控え室を出ようとする。


あれ?星野さんなんで着替えてないんですか?

「ところてん待ち」


そう言ってフィッティングルームを指さす。


「オレ以外結構長時間着てたから。先に脱いでもらおうと思って待ってたの。」

なるほど。
じゃ手伝いますから。脱ぎましょっか。

「かおるさん…スケベですね。ふははっ。」

なんとでも言ってください?ふふっ。


フィッティングルームにはまだ誰か入ってる。
袴と着物を脱いでもらってまたところてん待ちをしてもらう。


「見てました?」

見ましたよ。素敵でした。

「んふ。ありがとう。」

やっと。終わりましたねぇ。

「ありがとうございました。」

「源くんお待たせ。どーぞ。」


フィッティングルームから伊藤さんが出てきた。


「じゃオレも下行っとくねー。かおるさんもまた後で」

「はーい。」

お疲れさまでした。


伊藤さんが控え室から出ていく。


「かおるさんもこの後来ることになった?」

さっき。お誘い頂きました。
わたしが参加していいのかな?と思いましたけど。

「なぁんでよ。今回の立役者じゃん。」


そう言ってフィッティングルームに消える星野さん。
わたしは星野さんの抜け殻をたたむ。


そんな遅くはなりませんよね?
星野さん明日もお仕事でしょ?

「あれ?オレ言ったっけ?」

あてずっぽうです…

「ふははっ。明日から出ずっぱりです…」

大変ですね…
無理しないでください?

「土日めがけて頑張ります。」

土日?

「かおるさんと初詣。」

あー。そういや約束しましたね!

「忘れてたの?ひで。」

目まぐるしい1日だったので…

「ほんとにねぇ」

なんだかやっと年を越せた気がします。

「オレも。」


フィッティングルームから星野さんが出てきた。
キラキラ眩しいかったオーラが今は息を潜めていつものわたしの知ってる星野さんに戻った。


あけましておめでとうございます。
おかえりなさい。

「え?」

何となく。見慣れた星野さんが戻ってきたなと思ったので。

「中身はいつもこれですよ?」

ふふっ。確かにそうですね。
さあ。皆さん待ってるんでしょ?
行ってください?
わたしは石田さんと後で行きますので。

「はーい。」


星野さんが近づいて来た。
着物をたたむわたしのそばまで来て。
忙しく動かす手を止めた。
ふわっと優しく触れる唇。
顔を離してニッコリ笑って。


「一等賞の賞品の一部。」

一部なんですか?ふふっ。


恥ずかしそうに鼻の頭をポリポリ掻いてる。


ありがとう。
一等賞って言われたの嬉しかった。


あ。嬉しそうに笑うなぁ。
目が無くなって。口が三角になって。
ずるいなぁ。
そんなギャップ見せつけられたら。
ますます惹き込まそうになるじゃない。


さ。もう行ってくださいね。
皆さん待ってますよ?

「はーい。後で絶対来てね?
待ってるから。」

はい。


マスクを付けた星野さん。リュックを背中に引っ掛けて控え室を出ていった。

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