妄想劇場 25

(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)





30日 オムライス1





ふー。
吐く息が白くなる。
NHKホールを出てずっと歩いている。
空気が冷たい。
心臓にいろいろ負担をかけすぎて呼吸が苦しい。

星野さん…急に引っ張るんだもん。
あれは反則だわ。
耳元で低い声で囁かれて。
心臓の音が漏れてるんじゃないかってくらい大きく聞こえてしまって。
暖かかい腕の中が心地よすぎて。
ずっといたいこのままいたいって欲がどんどん膨れ上がってしまう。
石田さんに釘を刺されたばかりで。
どこで誰が見てるかわからないのにって。
そりゃ星野さんからしてみればあそこは慣れ親しんだ空間なのかもしれないけど。
なんだかいろいろ腹たってきた。
腹立ってきたら腹が減った。

マスター。八つ当たりを覚悟しときなさい?

そう思いながらあの喫茶店へと寒空の中進む。
なんであの時休んだのか。なんであの時追いかけろってけしかけたのか。
いろいろ問い詰めてとっちめてやる。

だいぶ歩いた。
東京は広いようで意外と近くて。
割と徒歩圏内になんでもあったりする。
わたしの行動範囲が狭いと言われればそれまでだけども…

今夜はコーヒーカップの看板に灯りが入っていた。
重たい扉を開けた。

カランカラーん


「かおるちゃん。いらっしゃい」

マスターこんばんは。

「なんか久しぶりね?」


相変わらず穏やかな店内と。
相変わらず穏やかなマスター。
と。穏やかな笑顔の星野さん。


あれ?なんで?

「石田くんに送ってもらったんです。」

文明の利器に乗ってきたんですね…

「文明の利器って」


もう既にコーヒーを飲んでいる。
わたしが息巻いてノシノシ歩いている間にカボチャの馬車に乗った星の王子は先回りしていた。


「マスターが責められたら可哀想だったから。」

どっちの味方ですか?

「ふははっ」

「まぁまぁかおるちゃん。座って?コーヒー入れるから」

んもぅ。って言いながらもコートを脱いで星野さんの前に座る。

「お疲れさまでした」

疲れました…

「めちゃくちゃ緊張してたでしょ。」

そんなつもりはなかったんですけどね…
途中でなんかすごい不安になっちゃいました。

「気づくの遅かった?」

え?

「ちゃんと見てたつもりだけど。あんな手が冷たくなってるなんて思わなかったから」

大丈夫です。
タイミングなんて正解ないです。
正直…嬉しかったし、ありがたかった。

「もっと…素直に言ってくれてもよかったのに」

自分でもわかってなかったです。
あんなに震えるほど緊張してたなんて。
明日どうなっちゃうんでしょうね?

「明日は…今日みたいには行かないと思います。
ゆっくり話してる暇は無いかも。」

そうですよね…
私だって。控え室を渡り走らないと行けないから。
ゆっくりは出来ないです。

「明日も着物で?」

もちろん。

「楽しみです」

何着ていきましょうかね?

「何着あんの?」

数えたくないくらい。

「ふははっそりゃすごい。」

「かおるちゃんいつも違うの着てるもんね」


マスターがコーヒーを持ってきてくれた。


そうでもないんですよ?
組み合わせをどんどん変えていくだけです。
洋服みたいに形がいろいろある訳では無いから。
形が決まってるからこそ出来るオシャレですかね…

「…かっこいいですねぇ」

ふふっありがとうございます。

「コーディネートしてみたい」

はい?

「かおるさんの着物姿のコーディネート。してみたい。」

突然ですねぇ。

「やったことないもん」

そりゃそうでしょうけど。

「だめ?明日着るやつ。」

は?明日ですか?今から?


何を言い出すんだ。この人は。
突拍子無さすぎて目が点になってしまう。
でも目の前の星野さんは目をキラキラさせて期待を込めた笑顔をわたしに向けている。
尻尾が…見えるんですけど…
ブンブン振ってらっしゃるんですけど…


ふふっ。
仕方ないなぁ…

「え!いいの?」

そんなキラキラした目で見られたら断れないです。


いやいやいやいや。断れよ…わたし。
緊張感無さすぎでしょ。
明日は本番なのよ?
流されちゃダメって自分で言ってたクセに。
思いっきり流されようとしている。
釘は刺しておかなきゃ。
自分のために。それが役に立つかどうかすごーく微妙だけども。


その代わり。
終わったら速攻帰ってくださいね。

「ですよね?ふはは。」

本番が明日なのに。緊張しないんですか?

「緊張はしてます。だから何かして紛らわせたいのかも。」

…暇つぶしってことですか?

「着物のコーディネートやってみたかってんです。」

ただの色合わせですよ?

「だったとしても。かおるさんがボク達の衣装を見立ててくれたように、ボクがかおるさんの衣装を見立てたい」


何をどういってもダメだ。
星野さんはやる気満々。


「マスター、オムライス2つお願いします!」

「はーい」

「善は急げ。」

善かどうかは不明ですけどね…

「ふははっ確かに。」


いたずらっ子星野さんの顔が笑う。
またわたしの部屋に入るのか。
昨日大掃除はしてあるからある程度綺麗だけど…
そういう問題じゃないよね?
彼を部屋に上げる時点でどうなるかわかってますよね?
約束だとか、抑制も全て吹っ飛ぶ可能性あるのよ?
さっきからわたしの頭の中の天使と悪魔が交互に責め立てる。


明日は何時からお仕事ですか?
紅白だけなの?

「紅白だけですけどね…放送開始からずっといないと行けないので…4時集合ですね。かおるさんは?」

星野さんの出番の時間が割と遅いので…7時に行くことになってます。

「明日はどんな順番で着せるんですか?」


とりあえず流れを説明する。
障害物競走って言ったら星野さんが笑った。


「ゴールがオレなんだ。腕広げて待ってますね」

そんな感動的なものではないかと…
たぶん振り乱した状態でなだれ込んじゃうかも。

「ちゃんと受け止めましょう。」

頼もしいですね。
でもすぐ星野さんの着付け出来るようにしないとだから、タートルネックとステテコ姿ですよ?

「えー。なんかかっこ悪い。ふはは。」

「はい。お待たせー。」


ふわふわオムライスが運ばれてきた。
んー。いつものいい匂い。


「今日は奢るよ。」

マスター?

「この前ね。風邪引いて休んじゃったから。
さっき星野くんに聞いたの。来てくれたんでしょ?」


1回目のリハーサルの夜の話。
あの時休みじゃなかったら…
こんな事にはなってなかったのかもしれない。


文句言わなきゃって思ってたのに。
言えなくなっちゃった。

「先手必勝」


マスターがニヤリと笑ってウィンクして行った。


勝てませんねぇ…

「次は。オレの奢りだからね?」

そうですよ。もう。

「怒ってるフリも可愛い。」

フリじゃない。

「さぁ、食べましょ。」

いただきます。

「いただきます。」


なんだか久しぶりのオムライス。
最後に食べてから1週間も経ってないはずなのに。
あれからいろいろありすぎた。
ひと口食べて口の中に広がる幸せが全部流し込んでくれればいいのに。
目の前の星野さんも目を細めながら美味しそうに次々口に運んで行く。
あっという間に無くなりそう。


「ごちそうさまでした。」

ごちそうさまでした。

「マスターのオムライスやっぱり最高!」


カウンターにいるマスターに声をかける星野さん。
目尻のシワが深いな。
たくさん笑って来たんだろうな…
わたしはこの人の目尻をたくさん下げる事が出来るだろうか…

食後のコーヒーを流し込み(星野さんに急かされて)
マスターにお礼を言って喫茶店をあとにする。


「どこでしたっけ?雪女の隠し岩戸」

あはは!覚えてたんですか?

「なかなか忘れないでしょ?」

でも道順は覚えてないんですね…目隠しします?

「そんなに忘れといて欲しいですか?」

冗談です。
よかったら覚えといてください。


連れ立って歩く。
わたしの歩幅に合わせて歩いてくれるから…そこそこペースが早くなる。


「普通はっもう少しゆっっくりっじゃないのっ?」

ゆっくり歩きましょうか?

「なんの!」

星野さん実は負けず嫌いなんだ。

「そうかな?」


わたしのペースに合わせて歩くから。
自然と無言で進む。お互いの呼吸音だけが聞こえる。

通いなれた道。通りのイルミネーションはそのままなのに商店街の飾り付けはお正月。
いろいろごちゃ混ぜにしすぎね…
早足で抜けるイルミネーション。
お正月気分も全然実感湧かない。
とりあえず…早くたどり着かなきゃ。
石田さんの言葉が頭のど真ん中にこびりついている。

「どこで見られてるかわからない世界ですから。」

いくらマスクメガネで完全変装してても。
見る人が見ればわかるのかもしれないから。
そんなに人通りがある訳でもないのに。
そんな焦燥感に苦しんだ。

やっとたどり着いたわたしのマンション。
エレベーターが降りてくるのがいつもより遅く感じる。


「なんでそんな焦ってんの?」

え?

「さっきから。めっちゃ息上がってるけど。
そんなにオレを中に入れたいの?」


いや、そーゆーわけでもないんだけど…
エレベーターが到着する音がしたと同時に扉が開く。
とりあえず星野さんを押し込んで自分も入り込んだ。


何となく…誰かに見られてたら怖いから。

「ふははっさっきから誰ともすれ違ってないよ?」

いいんですっ。そう思っちゃったんです。


5階に到着した。
目指すは一番奥の部屋。
こんなにもこの道のりは遠かったっけ?
やっとの思いでドアにたどり着き、鍵を開けた。
玄関の明かりを付ける。


ふー。
はぁーしんどかった!


思わず声が出た。
こんなにも早歩きしたのは初めてかも。
星野さんが笑ってる。


「そんな焦らなくてもいいのに。」

壁に耳あり障子にメアリーです。

「メアリー?」

どうぞ?上がって?


スリッパを出す。
お邪魔しまーすと笑いながら星野さんが先頭切ってリビングへ向かった。
あれ。わたしは…思うつぼ??

0コメント

  • 1000 / 1000

日々の嫉み