(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)
紅白 30日2
「ちょっとルートの確認をしてもいいですか?」
「大丈夫かと思いますが…」
「では…」
かおるさんが席を立とうとした。
なんか様子がおかしいな…と気をつけて見ているんだけど。なんだろう。顔がずっと曇っている。
あれ。見取り図を持つ手が微かに震えてる…?
え。かおるさんもう行くの?
「お邪魔になると思うので。今から着替えたりするでしょ?」
石田くん。オレの時間何時から?
「そうですね…ちょっとどんな状態か確認してきましょうか」
石田くんを少しの間追い出す。
かおるさん。なんかあった?
「え?いや。何もないんですよ?」
なんか焦ってない?
「そりゃね。着付けの段取りは後はどの順番にしていくかだけなんで。
そこが一番肝心ですから…」
ふーん。
まだ認めないんだ。緊張してるって。不安なんだって。別に助けて欲しいとか言われたいわけじゃない。
でもそんな時くらい素直に言ってくれてもいいのに。
立ち上がり、控え室のドアに向かう。
ガチャり
「なんで…鍵締めるんですか。」
かおるさんが逃げらんないように
「に、逃げないですよ…?」
いーや。今逃げようとしてた。オレから。
「今?何言ってるんですか?
ここは仕事するところです。
そこは区別しなきゃ。」
オレね。結構抑えてんの。
「なんの話ですか…」
昨日までの余裕はどしたのよ。オレを翻弄しまくってたくせに。仕事なんでしょ?
色とりどりの風呂敷が広がったフロアの真ん中に座るかおるさんのそばまで行って顔を近ずけた。
緊張してるのも分かってるし。
1人で何もかもしないといけなくなってほんと申し訳ないって思ってる。
でもさ。何もかも背負い込まないでよ。
何のためのオレ?
本人もたぶん気づいてない程の震え。
手を握ったら冷たすぎてびっくりした。
緊張しすぎて震えてんの。わからないとでも思ったの?
かおるさんがオレの顔を見た。
なんでわかんの?って表情が浮かんでる。
「ふふふっ。全部お見通しですね…」
ちゃんと見てるから。オレがいるから。
気休めにしかならない。そんなことはわかってるけど、ちゃんと知ってて欲しかった。
明日はこんな時間は取れない。
「ありがとう。星野さん。
もう大丈夫です。」
まだ手は冷たい。こんな緊張してたのか。
かおるさんが繋がれたオレの手を見てる。
おまじないしといてあげよう。
悪戯心と抑えきれない自分が動いてしまった。
彼女の前髪を少し上げて丸いおでこにそっとキスをした。
「な!何を!
こんな所で!」
みるみる顔が耳まで真っ赤に染あがる。
かわいいなぁ。もう。
おまじない。かおるさんが緊張しませんよーに。
「オズの魔法使いですか…」
え。何それ。
「オズの魔法使い。知らないですか?」
聞いたことはあるけど、内容は知らない。
仕方ないなって顔をして少し微笑んで。
かおるさんの顔が少しずついつものかおるさんに戻っていく。
「ドロシーがね?
西の魔女のところに乗り込む前に東の魔女におでこにキスされるんです。
あなたを守ってくれるおまじないって。」
オレ魔法使い?
「そうみたいですね。」
ホントはこっちにしたいんだけどね
「ダメです。」
ちぇー。
「ふふふ。」
よかった。いつものかおるさんだ。
もう大丈夫そうだなと思って手を離した。
控え室の鍵を開けに動く。
でも。これだけは言っておこう。
抑えてるってのはほんとだから。
「え?」
もーね。抑えまくってんの。
「ふふっ。じゃまだまだ大丈夫ですね?」
へ?
「それを言える余裕があるんだから。
まだ大丈夫でしょ?」
やばい。あのセクシー雪女が復活しました。
かわいい顔して言ってくれるよねぇ。
またオレの心臓も跳ねましたよ?
かおるさん…Sですね
「星野さんもね。」
2人で笑いあった。
石田くんがなかなか戻ってこないからかおるさんのお手伝いでもしとこうと思って、そこだけ春が来たのかと思わせてくれる風呂敷を包むのを手伝う。
それぞれの風呂敷に名前を書いて行くって彼女が荷札を出してきたから。それに名前を書く。
名前だけじゃ面白くないな…絵でも書いとこう。
自慢ではないが絵はとっっても下手クソだ。
なんなら現代アートも追い抜くくらいの才能の持ち主。
オレの描いたバカくんを見てかおるさんが首をかしげてる。
「これは…ネコ?」
それはね。バカくん。
「ふーん…」
反応うっす。
「星野さん…絵下手?」
壊滅的です。
そこは素直に認めます。
別に反対にあった訳でもないので、バカくんには亮ちゃんの名前を書いてかおるさんに渡した。
それからそれぞれのメンバーの似顔絵(らしきもの)を描いて名前を書いてかおるさんに渡す。
最後の荷札が余った。
これは…余分なのかな?全員分書いたから。
それなら…と筆を進めた。
はい。これ。
「もう付ける風呂敷ありませんよ?」
これはかおるさんの。
「わたしの?」
そ。付けといてね
そこにはかおるさんの似顔絵(らしき人物像)と矢印をピーッて引っ張って『オレの』って書き加えといた。
「恥ずかしすぎて付けれません。」
ひど。
「だからここに入れときます。」
かおるさんはその荷札を衿の合わせの中に入れた。
「ここなら落ちないし。一番近くでしょ?」
なにそれ。
一番近くでしょ?って。
かおるさん…それ狙ってやってんの?
「何を狙ってるんですか。」
くそ真面目な顔で返事をしてくる。
狙ってないのか。本気と書いてマジなのか。
頭の中の星野源が萌え転がる。
可愛すぎるんですけど。
「雪女もたまには可愛い一面もあるんですよ?」
好き。
「星野さーん。そろそろ着替えに入りますよー。」
やべっ。石田くんタイミングよすぎ。
まぁ別に聞かれたら聞かれたでいいんだけどさ。
「じゃ、わたしは順路の確認に行きますね。」
そう言ってかおるさんは見取り図を手に立ち上がった。もう震えてない。
石田くんも付いていくのね。いいですねー。
入れ替わりでスタイリストのテッペイさんが入ってきた。
「源ちゃんお疲れさま!」
お疲れさまでーす。
「さっきのが例の?」
そうそう。衣装提供してくれた…かおるさん。
「着物姿がいいねぇ。」
でしょ?
「明日が楽しみ。源ちゃんの着物姿」
惚れないでね?
「惚れたらどうする?」
やだっ!
「はいはい。冗談はここまで。さぁこれに着替えてくださいね」
はーい。
お仕事モードになりますか。
今日の収録は明日の紅白の直前番組だ。
リハーサルも兼ねてるけど、オレだけは衣装を着といて、歌ったら別スタジオでその収録に参加する。
去年はこれ生放送だった?
どうだったっけ?
まぁいっか。テッペイさんの用意してくれたスーツに袖を通す。
オレの似合う色なんかをちゃんとわかってくれてるから安心して任せております。
衣装を着終わり、メイクを少ししてもらってからリハーサルの舞台へと向かう。
「源ちゃん」
あ。亮ちゃん。
「あれ?かおるさんは?」
来てるよ?
「それは知ってる。さっき石田くんと笑ってんの見た。」
ふーん。
「妬いてんの?」
亮ちゃん。
「なになに?」
ニヤニヤ楽しそうな兄貴分。
人の気も知らないで…っても石田くんと笑いあってたんならいいや。
少しでも蟠りは少ない方がいい。
お仕事しますよ?
「はーい」
「星野源さん入られまーす」
リハーサルを終えて。亮ちゃん達とも別れ、オレだけ別行動で収録してるスタジオに向かう。
リハーサルしながらの番組だからいろんな方々が入れ替わり立ち替わりでちょっと慌ただしい。
公式お兄ちゃんの2人が司会進行してる。
2人に会うのも久しぶりだな…
かおるさん。待っててくれるかな。
あの人の事だから。先に帰ってんだろうな。
何となくそう思いながらスタジオに入っていった。
拍手と共に眩しいライトの中へ入っていく。
公式お兄ちゃん達としこたま楽しく笑ってオレの出番がやっと終わった。
いよいよ明日で今年も終わりかぁ…
紅白歌合戦も4回目。
全然慣れない緊張感を心地よく感じられるようになるのはいつなんだろう。
スタッフに連れられて控え室に戻った。
あれ。声がする。
どんどん膨らむ期待と共にドアを開けた。
「星野さん。お疲れさまです。」
かおるさん!いたんですね!
「石田さんに引き止められました。」
石田くん!いい仕事するじゃないか!
心の中で親指をグッと立てた。
「僕はちょっと。明日の打ち合わせに行ってきます」
そそくさとドアを開けて出ていく敏腕マネージャー。
なんか…物分り良すぎて気持ち悪いんですけど。石田くん…
「物分りですか?」
今…なんか気を使って出ていきましたよね?
「さぁ。どうでしょうね」
石田くんと何かありましたか?
「はい?」
いや。なんか。楽しそうだったから。
「…ヤキモチですか?」
んー。そうかも。
「わたしのほうが焼く餅は多くなりそう…」
え?なんで?
「あまりテレビとか見ない方なんですけどね?
やっぱり…好きな人がいくら演技とはいえ他の女の人と一緒にいるのを見たら…たぶん冷静じゃいられないでしょうね。」
今。好きな人って言った?
「え?…はい。言いましたね…」
あーあ。雪女の顔が真っ赤になっちゃった。
かおるさんのヤキモチ。見てみたいです。
「それにしても。スーツ姿素敵ですね」
サラッと話題を変えて行った。
今日の衣装はオールテッペイさんコーディネート。
黒地に濃いめのグレーの細いストライプの上下と真っ赤なネクタイ。シャツは淡いグレー。
どこのホストかって感じの合わせ方だけど、絶妙な上品さが漂う。漂ってるはず。
ありがとう。
「星野さんのスーツ姿をちゃんと見てから帰ろうと思って。待ってました。」
そう言ってかおるさんはスっと立ち上がる。
「先に帰りますね?」
え。もう?
「わたしの仕事は終わりました。あとは明日の本番をやりきるだけです。」
さっぱりしてますね。相変わらず。
「仕事ですからね。」
割り切れてないオレはまだまだだな…
「割り切れてると思いますよ?星野さんの時とホシノゲンさんの時では微妙に顔が違うから。」
そうなの?
「わたしの知らないホシノゲンさんの顔になってます。」
かおるさんの腕を引っ張った。
ソファに座るオレの方に。
不意に引っ張られて倒れ込んできた。
オレの膝の上に乗っかる感じでそのまま抱きしめた。
ちょうどかおるさんの胸の当たりにオレの顔が引っ付く。
かおるさんの匂いを吸い込む。いい匂い。
今のオレは…どっちでしょう?
「ヒツジの毛皮を被ったオオカミ…ですかね?」
ふはは。食べられてくれますか?
「雪女を食べたら…胃薬じゃ治りませんよ?」
腹減りましたね…
「そうですね」
オムライス行きます?
「開いてますかねぇ?」
行ってみなきゃわかりませんね。
「では、わたしが先に出て見てきます。開いてたら先に入っときますよ?」
ちょっと待たせちゃうかもよ?
「いいですよ。マスターに文句言わなきゃだし。」
マスター可哀想に。
「じゃ。先に行っときますね。」
離したくねぇーっと思いながらも腕の力を緩めた。
いろいろもどかしい。
こんなにも近くにいるのに。まだ手を出せない。
自分で勝手に決めた制約が今更恨めしい。
でもここはオレの職場。
ちゃんとわきまえるところはわきまえないとね。
(全然出来てませんけども)
「じゃ。お先に失礼します。」
お疲れさまでした。
かおるさんは振り返ることなく颯爽と出ていった。
はぁーっとため息を漏らしてソファに埋まる。
何だってあんなにコントロールが上手なんだろ。
でもさっきまではわからない程度に緊張で震えてた。
感情の起伏が少しだけでも見て取れたのが嬉しかった。
「星野さん。お疲れさまでした」
石田くんお疲れさま。
「あれ?かおるさんは?」
先に帰ったよ?
「愛想つかされたんですか?」
なんでそうなんのよ。
「星野さん…あんな面白い人。手放しちゃダメでしょ」
石田くん…
「星野さん好きなんでしょ?」
石田くん…
「はい?」
喫茶店まで送ってください…
「わかりました。」
ニヤリと笑うマネージャー。
付き合いが長くなるとこんなにもわかりやすくなってしまうのか。
全部見透かされてる。
あ。オレがわかりやすいのか!?
テッペイさんが用意してくれた衣装を脱ぎ、私服に戻った。
いよいよ明日が本番。
決戦前のオムライスを食べに行こう。
日々の嫉み
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