妄想劇場 23

(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)


30日 1




28、29日は完全オフ。
何かすることがあるわけでもないけど…普段なら出来ないことをしようと思い。
大掃除をすることにした。

水周りから初めて最終的に和ダンスの整理。
洋服の方は枚数がないけど流石の和ダンスは自慢じゃないけど着物で帯で溢れかえっている。
母のや叔母の。祖母の着物も入っている。
最近はもう着なくなってしまったけど。捨てられないのも着物だ。
女の怨念が、執念がなんて言ったら恐ろしいものになってしまうけど、思いがあるのは事実。
いつかまた袖を通すからねと誓ってまたタンスに納める。

空気が乾燥している。
そして冷たい。
空気の入れ替えをしながら天気もいいので布団も干してみた。でもこれだけ風が冷たかったら早く入れておかなければ…

ブー。

『30日は3時からです。』

星野さんからのLINE。
先日お互いの職場訪問をしてからたわいもないやり取りを1日数回している。
わたしは今は暇だからいいけど、星野さんは毎日忙しいのに。別に送ってくるのは構わないけども。

…素直に嬉しいって思えないのかねぇ。

『わかりました。ありがとうございます』

返事を打って紙飛行機に託した。
すぐに既読が付いて変なスタンプが送られてくる。
何のキャラクターかわからなくてごめんなさいって思いながら…そのままにする。

冷たいって思われるかもしれないけど。
いつどんなときも繋がっていたいとまでは思わない。

一緒にいる時間を大事にすることは1人の時間も大事に出来てこそだと思うから。
でも今何してるかな?って思った時にふっと連絡しても不自然じゃなくなったのは嬉しいこと。
今まではやってこなかったこと。

「お前冷たいよね」

そう言われて終わる関係がほとんどだった。
そんなに数はいないけど。
星野さん…わたしはほんとに雪女ですよ?
ここまで溶かされたのは初めてかもしれない。

未公開リハーサルの後、彼の作業部屋(豪華なお部屋でございました)でささやかな晩餐。
この先どんな結果になろうと…今はこの人と同じ時間を過ごせることを大事にしようと思った。

でも関係を先に進めるよりも。目の前の大仕事を無事終わらせることが先決だ。
感情に流されてる場合では無い。と心に決め後ろ髪引かれながら彼の部屋をあとにした。
本当はそのまま…と気を許しかけたのに。
遮ったのが腹の虫だもん。星野さんの。
明日準備を完璧に整えて。明後日の本番が無事終われば。そこからまた始めればいい。
そのくらいの心の余裕を持っていないと全て見透かされてしまいそうだ。

ブーブーブー。

電話が震える。
誰だ?と思ったら…星野源。


もしもし

『もしもし!かおるさん?』

ふふっ元気ですね

『元気です。かおるさんは?』

元気ですよ。大掃除してました。

『あー。オレもやらなきゃ』

星野さんは?お仕事でしょ?どうしました?

『仕事中なんです。ちょっと時間が空いたし。
どうしてるかなと思って』

さっきLINEしましたよ?

『いいの。声が聴きたかったんです。』

ありがとうございます。

『大掃除は終わりそう?』

そうですね。今和ダンスの整理してます。

『和ダンス!あるんですか?』

着物生活してますからね?

『へぇ!見てみたい…』

洋服のクローゼットとあまり変わりませんよ?

『見た事無いですもん。』

そんな興味あるの?

『かおるさんの事なら。』

またいずれ。そんな機会があれば。

『近いうちに…?』

どうでしょうね。

『ちぇー。』

ふふっちぇー?

『なんだってそんな余裕なんだろうって。』

余裕?そんなものないですよ。
でもね。思うままに突っ走るのは…危険な匂いが。

『…確かに。そうかも。』

わたしはね。もう逃げないって決めましたから。
真っ向勝負です。

『ふははっ何の勝負してんの?』

さぁ?何の勝負なんだろ?

『かおるさん面白いわ。』

真面目ですよ?

『わかってますよ。ありがとう。』

さぁ、そろそろ片付けに戻りますね?
お仕事頑張ってください。
また明日。

『また。明日。』

じゃ。


星野さんが電話を切るまで待ってみた。
こんな時間もいいものだなぁ…とふと思った。

「電話ありがとうございました。
星野さんの声聞いたら元気でました。
また明日。」

思った時に思ったことをちゃんと伝えなきゃ。
それをしなかったから冷たいって思われてたのかもしれない。思ってはいたのに。伝えることをしなかったから。今になってそんなことをするのも慣れない分よそよそしい気もするけど。
でももう逃げないって決めた。自分の気持ちからも。
星野さんからも。
だから思い切ってLINEを送っといた。

ブー。

「電話してよかったです。ボクも元気出た。
明日会えるの楽しみです。」

返事を読んでちょっと暖かい気持ちになる。
明日の準備は大変だろうけど…(何もかも1人で準備)
星野さんと少しでも時間を過ごせるなら頑張ろうって思えた。
女心は単純だ。

なんだかんだと大掃除の続きをし、やっと納得行くところまで終わって窓の外を見たら…夕方どころかとっぷり暮れていた。
冬の日暮れは早い。

ぐー。

晩ご飯…何しよう。
まだ時間もそんなに遅くはないし…
冷蔵庫の大掃除はしてなかったな。
適当に何か作ることにしよう。

親子丼。
味噌汁。
有り合わせで作った割にはちゃんと出来た。
食べてる最中に電話が震える。

ブー

「仕事終わりました。」

星野さんだ。

「お疲れさまです。」

「腹減ったー」

「今夜は久しぶりに作りました。」

「なになに??」

「親子丼」

「いいなー」

「美味しいです。」

「オレのは?」

「ありません。」

「ですよねー」

「また今度で良ければ作ります」

「お願いします!」


叶えられる約束になるんだろうか。
こんなやり取り。後で虚しくなるだけなんじゃないだろうか。
不安が少し過ぎる。
昨日の今日で幸せと不安の間を行ったり来たり。
さっきまで美味しかったはずの親子丼が急に味気ないものになってしまった。
もう。お風呂はいって早く寝よう。

明けて12月30日。
衣装の準備をするだけだけど。着物は着ていこう。
なんとなく。雪女装備しておかないと不安に駆られてしまいそうだから。
3時にNHKホールよね。
ちょっと早めに着くように出なきゃ。
家にある風呂敷をありったけ持っていく。


「かおるさーん」


段取りを考えながら歩いているとまた呼ばれた。
見上げると。
予想通りの顔がそこにある。
自分の顔が自然と少し緩むのがわかる。


おはようございます。

「おはようございます」

今日は生放送ですか?

「いえ。収録ですよ。リハーサルも兼ねてなのでちょっとバタバタしますね」

大変ですねぇ…

「今年はちょっと特別だし。」

そうなんですね。
朝ドラだから?

「そうです。」

星野さんはすごい人なんですね。

「知りませんでした??」

感じ悪いですねぇ

「ふはは」

ふふふっ


関係者入口から中に入る。
先日の喧騒から打って変わって静かな裏側。
大体の準備が終わってあとは本番を待つだけなのか。
バタバタするのはわたしだけか。

控え室505「星野源様」


「おはようございます」

石田さん。おはようございます。

「かおるさん。今日と明日。よろしくお願いします。」

今日は準備だけですから。
大丈夫です。
今日は割と静かですね。


早速準備に取り掛かる。
ダンボールをひとつずつ開けて中の着物類を1セットずつ出して持ってきた風呂敷の上に置いていく。
後から着替える黒紋付のセットを下に、紅白の衣装を上に。
星野さんの衣装はここで着付けするからとハンガーにかけておく。もう1組衣装がかけられている。

大丈夫かな。明日。ふと不安とプレッシャーがのしかかってきた。
万全の準備はしているつもりだ。
何も足りないものは無い。
どの順番で着せていくのかを考えれば。
ただ、1人10分。ギリギリの時間だ。


石田さん

「はい?」

この前見せて貰ったそれぞれの控え室の見取り図ですが、貸して頂けませんか?

「ああ。はい。こちらです。」

皆さん2時間前には来られますよね?

「はい。」

ちょっとルートの確認をしてもいいですか?

「大丈夫かと思いますが…」

では…

「え。かおるさんもう行くの?」

お邪魔になると思うので。今から着替えたりするでしょ?

「石田くん。オレの時間何時から?」

「そうですね…ちょっとどんな状態か確認してきましょうか」


石田さんがドアを開けて出ていった。
行かないでよ…今は星野さんと二人きりになりたくなかった。
不安と焦燥にジワジワ蝕まれているのを悟られたくない。


「かおるさん。なんかあった?」

え?いや。何もないんですよ?

「なんか焦ってない?」

そりゃね。着付けの段取りは後はどの順番にしていくかだけなんで。
そこが一番肝心ですから…

「ふーん。」


そんな顔しないでよ。星野さん。
確かにもう逃げないって決めた。
でもここでは…そんな視線投げないで。
見透かしてるような痛い目線。

突然星野さんが立ち上がり、控え室のドアに向かう。

ガチャり


なんで…鍵締めるんですか。

「かおるさんが逃げらんないように」

に、逃げないですよ…?

「いーや。今逃げようとしてた。オレから。」

今?何言ってるんですか?
ここは仕事するところです。
そこは区別しなきゃ。

「オレね。結構抑えてんの。」

なんの話ですか…


余裕が無くなる。
この前までわたしは雪女だったのに。
この人に溶かされて今はただの女になりさがってしまっている。
雪女武装しているのにいとも簡単に突破されそうになっている。
しっかりしなきゃ。

星野さんがわたしの隣に来た。
風呂敷を何枚も広げた床に。


「緊張してるのも分かってるし。
1人で何もかもしないといけなくなってほんと申し訳ないって思ってる。
でもさ。何もかも背負い込まないでよ。
何のためのオレ?」


手を握られる。
ちょっと震えてたのが止まった。
星野さんの顔を見た。


「緊張しすぎて震えてんの。わからないとでも思ったの?」

ふふふっ。全部お見通しですね…

「ちゃんと見てるから。オレがいるから。」


魔法使いみたい。
星野さんの言葉があったかい。
緊張はあまりほぐれないけど少し余裕を持てた気がした。


ありがとう。星野さん。
もう大丈夫です。


手が離れない。
大きな優しい手。
その手を見つめていたら。おでこに星野さんの口がくっついた。


な!何を!
こんな所で!

「おまじない。かおるさんが緊張しませんよーに。」

オズの魔法使いですか…

「え。何それ。」

オズの魔法使い。知らないですか?

「聞いたことはあるけど、内容は知らない。」

ドロシーがね?
西の魔女のところに乗り込む前に東の魔女におでこにキスされるんです。
あなたを守ってくれるおまじないって。

「オレ魔法使い?」

そうみたいですね。

「ホントはこっちにしたいんだけどね」

ダメです。

「ちぇー。」

ふふふ。

「よかった。いつものかおるさんだ。」


そう言って星野さんは立ち上がり控え室の鍵を開けに行った。
ほんとに。心臓に悪い。


「抑えてるってのはほんとだから。」

え?

「もーね。抑えまくってんの。」

ふふっ。じゃまだまだ大丈夫ですね?

「へ?」

それを言える余裕があるんだから。
まだ大丈夫でしょ?

「かおるさん…Sですね」

星野さんもね。


2人で笑い合える時間。
あなたのおかげで。震えが止まる。
あなたのおかけで。小さな冗談が言える。
あなたのおかげで。笑うことができる。
あなたのおかげで。わたしも自分を抑えれる。
今は甘えさせてもらおう。
あなたがいてくれるから。

星野さんが少し手伝ってくれた。
といっても風呂敷を結ぶくらいだけど。
それぞれに名前を付けれるように荷札を持ってきていたのでそれに名前を書いて貰った。


これは…ネコ?

「それはね。バカくん。」

ふーん…

「反応うっす。」

星野さん…絵下手?

「壊滅的です。」


バカくんの絵が書かれた荷札は長岡さんのになった。
あとはそれぞれ星野さんが似顔絵を(似顔絵と呼べる代物はほとんどなかったけど)描いて名前を書いて。
わたしがそれをそれぞれの風呂敷に括り付ける。

星野さんの分の荷札が余った。
何か書き込んでいる。


「はい。これ。」

もう付ける風呂敷ありませんよ?

「これはかおるさんの。」

わたしの?

「そ。付けといてね」


そこには『オレの』と書かれてわたしの似顔絵らしき人物像が描かれていた。


恥ずかしすぎて付けれません。

「ひど。」

だからここに入れときます。


荷札を衿の合わせの中に入れた。


ここなら落ちないし。一番近くでしょ?

「かおるさん…それ狙ってやってんの?」

何を狙ってるんですか。

「可愛すぎるんですけど。」

雪女もたまには可愛い一面もあるんですよ?

「好き。」

「星野さーん。そろそろ着替えに入りますよー。」


石田さんに聞かれてなかったかしら。
星野さんが小さく口にした言葉。


じゃ、わたしは順路の確認に行きますね。
見取り図を持って控え室を出た。
入れ替わりに金髪のいい匂いのする男性が入っていく。
どんなホシノゲンを作り上げるんだろう。
たぶんきっとこの人がスタイリストさんよね。
どんな人なのか見たかったけど今は時間がない。
とりあえず残り7部屋の場所を確認しなければ。
最初に見取り図を見せて貰った時に思ったこと。

障害物競走。

それぞれの控え室はフロアの端っこと端っこだったり、1階下だったり2階下だったり。
エレベーターを待ってる暇は無さそうだから非常階段をフル活用するしかないかな。


石田さん

「はい?」


見取り図と共に付いてきてくれた石田さんに問いかける。


着付けしながら衣装を運ぶのはちょっと大変なので。
着付け始める前にそれぞれの控え室に風呂敷を一旦届けてから用意ドンでもいいですかね?

「よーいドンですか?」

ああ。なんだか障害物競走みたいなんで。
よーいドンです。

「ははっなるほど。」

2時間前には皆さん来られてるなら控え室に届けて行っても問題ないですよね?

「大丈夫です。」

では。
まずは伊能さんから。次に櫻田さん、伊賀さん、伊藤さん、長岡さん。その後にミオさんとアヤネさん。
最後に星野さん。
この順番でどうでしょう?

「男性陣の方が早いのは何か理由でも?」

男性の方が割と着てても楽なんです。
女性の着付けは補正も必要だったりするので、男性陣よりも先に着せてしまうとしんどいので。男性陣を先に手早くやって、不足の自体があっても対応出来るようにタイムを縮めて行けば最後は余裕でゴール出来るかなと。あと、皆さんにはそれぞれ着付けの前段階まで着といて頂きたいです。

「ほんとに障害物競走みたいですね。」

すみません。

「いいと思います。その段取りで。」

よかった。当日は非常階段も使えますよね?
エレベーターは待ってられないと思うので。

「そのための非常階段ですからね」

…石田さんって面白い方ですね。

「そうですか?僕からしたらかおるさんの方がよっぽど面白いですよ?」

それが…よく分からないです。

「星野さんが好きになるのも分かります。」

え?

「知ってますよ。あの人わかりやすいので。かおるさんもですけどね。」

わたしはともかく…
星野さん…大丈夫でしょうか…

「まぁ、星野さんも子供じゃないから。僕がそこまで言う権利はありません。ただ。気をつけてください。どこで見られてるかわからないのが芸能界ですから。」

芸能界って。大変ですね…

「そーゆー世界ですから。」


道順を確認しながら最終ゴール地点の控え室505まで戻る。
控え室のドアを開けるともぬけの殻だった。
さっき入れ替わりに入っていった男性の香りが少しまだ残っている。


「星野さんは収録中ですね。待ちますか?」

いえ。もう帰ります。

「寂しがるでしょうね。星野さん。」

石田さん…

「星野さんには幸せになってもらいたいんですよ。あの人ほんとにいろいろあった人なんで。」

星野さんは幸せ者ですね。
1番近い人にそう言ってもらえて。

「僕は…星野さんのファンですから。マネージャーとして一緒に仕事出来るのが誇りです。どんなに忙しくても子供になかなか会えなくても。」

わたしも今回のお仕事させて貰えて良かったと思ってます。

「仕事は今回だけかも知れませんよ?」

二度とごめんですよ。こんな運動会。

「運動会ですか?」

精神的にも肉体的にも。運動会並ですよ。

「ほんとに面白いですね。」

褒めてますよね?

「褒めてます。」

ありがとうございます。


石田さんと笑いあった。
緊張感はだんだん高まるのに。ほっと出来た瞬間。
さぁ。あとは明日を待つばかり。

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