(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)
潜入捜査2
寒空の下。
開かない喫茶店の扉。押しても引いてもダメ。
年中無休じゃなかったの??
オレが来る時は常に開いてんのに。
「どうしましょう」
かおるさんが呟く。
吐く息が白い。このままではすぐ冷えてしまう。
どこか店に入るにしても…この辺はこの喫茶店以外知らないし。
かおるさん。飯、なんでもいいですか?
「こだわらないですよ?」
何ならこのまま帰ってもいいけどって顔をしてる。
帰らせたくは…ないんだよなぁ…
今度はかおるさんが潜入捜査する番です。
「え?」
実はここから一駅くらい行った所にボクの作業用の部屋があるんです。
作曲したりまぁいろいろ。
誰も入れたことないんだけど、かおるさんが職場見学させてくれたから。お返しに。
「そんな大事な場所に。って食事とは関係ないじゃないですか?」
簡単ですけどキッチンもあるし、なんか食べるものはあったと思うので…嫌ですか?
「…」
何もしませんよ??
「ふふっわかりました。雪女装備してますから。いざとなったら氷漬けにさせて貰いますね?」
ふわっと笑うかおるさん。
今までにないユーモアのセンス。
冗談だろうけどほんとにできそうで。面白い。
歩きますか?途中コンビニも寄りたいし。
「そうですね」
作業部屋に2人で向かう。
寒いけどなんだかんだ歩いていればだんだんと身体もあったまる。
かおるさんは出身はどこですか?
「わたしは広島です。ド田舎。」
広島行ったことありますよ?
「市内でしょ?わたしの実家はもっと山奥です。」
へぇー。
「星野さんは?」
ボクは埼玉です。
「近いですね」
広島に比べたら。そうですね。
歩きながら話をする。
小さなことを少しずつ紐解く。
途中のコンビニで飲み物とおにぎりを買う。
オレはシーチキンマヨネーズ。
かおるさんは明太子。
「明太子好きなんです。博多でハマっちゃって」
博多は美味しい物がたくさんありますから。
また歩き出す。
もう少しで作業部屋に着く。
完全防音の部屋だから割と大きな話し声でもギターの音も隣近所には聞こえないようになっている。
深夜に作曲したりする方が多いからこの部屋を借りた。住んでたけど、環境を変えたくて住居としてはもう使ってはない。けど3日くらいなら住めるようにはなってる。
「ふわー。」
その建物を見上げたかおるさんが驚いてる。
「すごいところですね…」
どうぞ。こっち。
エントランスからエレベーターまで向かう。
19階のボタンを押す。
ポーンと到着の音。
ゆっくり静かに扉がスライドする。
作業部屋は角部屋。
鍵を開けて中に入った。
明かりを付ける。
「お邪魔します。」
どうぞ。
めちゃくちゃ殺風景な部屋だ。
家具もソファ、テーブル。テレビ。あとは作曲に使う音楽機器。ギターが1本。
たまに気分転換で聞くためのレコードが何枚かあるくらい。
レコードやらCDやらは新しい部屋に持っていったから、ここには最低限しか置いてない。
「夜景が綺麗なとこですね」
晴れた時は凄いですね。昼間も夜も。
「コート脱いでもいいですか?」
どうぞ。かけときますよ。
コートをハンガーにかけて自分のダウンジャケットの隣にかけた。
コーヒーでいいですか?ってもコーヒーしかないけど。
「そうですね。寒いし。まずは。」
お湯を沸かす。
いろいろ珍しいのか音響機材を触ってみたり、レコードをめくってみたりしている。
何かかけましょうか?
「え?レコードですか?聴けるの?」
聴けますよ。ジャズしかないけど。
一番お気に入りのレコードをかけた。
柔らかい音が部屋を埋め尽くす。
「いい音ですね。さすが。」
はい。どうぞ。
「ありがとう。」
コーヒーを渡してソファに座る。
彼女もオレの横に腰掛けた。
「クリスマスイブのリプレイみたい。」
ふははっ。ほんとだ。
…さっき言ってたじゃないですか。
「はい?」
ほら、なんでわたし?って。
何がいいの?って。
「ああ。」
ずっと考えてたんですよ。
最初はね、着物が珍しかった。着物姿が綺麗だなって。そっから表情。くるくる変わって見てて飽きない。それと…誰も真似しないような面白さかな?
あとは仕事に対する姿勢だったり。
いつも凛としてるのに、オレのそばではちょっとふにゃっとするところとか。
一緒にいると時間がそれまで5倍速で進んでたのが、普通の長さに感じられたり。
性格とか趣味とかそんなのじゃなくて。
かおるさんの存在が好きです。
「…」
答えになってない?
「ありがとう。」
ん?
「なんか贅沢です。星野さんにそう言ってもらえて。」
ふははっ。そうですか?
「今までそんなふうに言ってくれる人はいなかったな。と言ってもあまりお付き合いとかしたことないんですけどね」
オレは好きですよ。
かおるさんのことまだまだ知らないかもだけど。
知って嫌いになることはないと思うし。
かおるさんだってオレのことよくよく知ったら幻滅することだってあるかもしれない。
最初から全てわかるような相手なんていないでしょ。
少しずつ知り合ってわかり合えばよくないですか?
「わたしは…何を焦ってるんでしょうね…」
気持ちはわかります。
ボクだって先が見えてる訳じゃないから。
仕事が仕事だからこの先かおるさんにもたくさん迷惑がかかる可能性だってある。あなたの生活がめちゃくちゃになるリスクだってあるんです。全力で守るつもりではいますけど。
「星野さんはなんでそこまで言えるんですか?」
なんでだろ。
そりゃ怖くないわけじゃないです。
でもそれでも一緒にいる時間を少しでも多く欲しいと思ってます。
お互い仕事で忙しいのはわかってる。
それで気持ちが離れてしまうなら仕方ないけど…
一緒にいたいなこの人とって思えるからじゃないかな?
かおるさんは?
「わたしは…」
かおるさんが黙る。考えている。
中途半端な事は言わない人だから待つしかない。
「わたしもやっぱり星野さんともっといろんな時間を共有出来たらいいなって思います。
仕事で見る星野さんじゃなくて。今ここにいる星野さんと。
これが恋心なのか、いやたぶんそうなんですけど。
星野源って人間にかなり惹かれてるんだと思います。
ただわたしといることによって星野さんに迷惑がかかったりすることは避けたいなって。
お仕事だって人気商売でしょ?」
まぁ。それでオレの人気が落ちるならそれはそれまでです。
その時はかおるさんのヒモにしてください。
「ふふっ何言ってるんですか。」
ふははっ。
レコードが最後の曲のエンディングを演奏し終わった。静寂が2人を包む。
突然かおるさんがオレの手を取った。
ちょっと震えてる。
握り返してみる。震えが止まった。
寒いですか?
「いえ。武者震いですかね…」
ほんとに面白い。
こんな雰囲気の時にそんな大胆な事して来といてその言葉のチョイスする??
彼女の手の甲をなぞる。
ふわっと目が合った。
彼女の顔に近ずいてみる。
逃げないの?
「…もう逃げません。」
手を握る力が少し強くなった。
もう少し。あと少し。
かおるさんがゆっくり目を閉じる。
唇が薄く触れ合った…
ぐー。
タイミング良すぎの腹の虫。しかもオレの。
「ふふっ」
かおるさんが優しく笑った。
「やっぱり約束は約束ですね。
お互いに。お預け。この仕事が終わるまでは」
めちゃくちゃいい雰囲気が。
ひとつの音にかき消されてしまった。
「心臓発作起こしそうなくらいドキドキしました。」
ふはは。オレもです。
「何か作りましょうか。何があるか見てもいい?」
大した物は…なかったと思うんですけどね…
料理ほとんどしなかったから。この部屋では。
「この部屋ではって意味深ですねぇ」
いやいや(笑)
引越ししたくらいからね料理の面白さに目覚めて。
最近はよくやるんですよ。
「ふーん」
うわっ。なんだその色っぽい感じ。
いわゆる流し目ってやつでオレに目線を送ってから
かおるさんは立ち上がり、キッチンへ向かった。
冷蔵庫を開けてみる。
「ふふっほんとに何もないですね」
でしょ?
「おにぎりでお腹いっぱいになるかしら」
カップ麺なら…あったような…
「あ。なるほどね」
ゴソゴソ。
「あー。ありました!これね?」
何ヶ月か前に買い置きしてあったカップ麺を持ち上げた。
「じゃお湯を沸かしますね~」
腹を満たす手段を見つけたかおるさんは幸せそうにヤカンに水を入れる。
この人のいろんな表情を見てて…オレは大丈夫か?
今でもさっきとのギャップにやられまくっている。
目を閉じる瞬間にちょっと目尻が下がって少し微笑んでいた。ほんの少し。セクシーすぎる雪女。
初めてのキスをするような初々しさはない。そこにあるのは(本人は恐らく気づいていない)妖しい大人の女の艶やかさ。
それなのに…この先を進むのが怖いと。
慎重に石橋を叩きまくっている。
やばい。オレの方が落ちてんのか…。
カップ麺も出来上がり、おにぎりをペリペリとめくる。
色気のない食事極まりないのに、楽しくて仕方がない。
オレ、甲殻類アレルギーなんで。
って自分の方のカップ麺から小さく丸まったエビをひょいひょいとかおるさんのカップ麺の方に入れる。
「わたしはこのお肉らしき物が苦手なので…」
って自分のから茶色の謎肉をオレのカップ麺に入れてきた。
この謎肉…原材料何か知ってる?
「知らないです。」
大豆らしいですよ。
「へぇ!大豆もすごい出世ですねぇ」
ふははっ。出世って。
「ふふふっ。」
カップ麺とおにぎりを食べてるだけなのに。
どーでもいい会話をしてるだけなのに。
めちゃくちゃ楽しい夜。
「ふー。お腹いっぱいになりました」
帯をポンポンと叩く。
着物ってしんどいんじゃないの?
「もうね何年も着てるとしんどさなんて感じないです。逆に洋服来た時の方がね腰が安定しないから。」
ふぇー。なるほど。
ちょっと、前から気になってたんですが…
聞いてもいい?
「なんですか?」
時代劇とかでお代官様が女の人をあーれーってするあれ。あんなくるくる回んの?
「あっははは!」
初めてかおるさんが声をあげて笑った。
よく通る声で高らかに笑う。
羨ましい声だ。
そんなにおかしい?
「そんなの真面目に聞かれたことなくて!
あーもうツボです!ツボ!」
そんな涙目になるまで笑わなくても…
真面目に聞いたのが恥ずかしいじゃん。
「ごめんなさいね?
あーおかしい。」
彼女の笑い声につられてオレも声を出して笑った。
ひとしきり笑い終わると。
ニコニコしながら答えてくれた。
「あんな回らないですよ。
せいぜい一周半です。今の着物の着方ならね?」
え。そうなの??
「それに帯もしっかり結んでるから…そんな色っぽいことにはならないかと。」
えー。つまんね。
「ふふふっ期待してたんですか?」
男の妄想のひとつですよ。
あれ。
「それは残念。」
そういやさ。かおるさんって。何歳なの?
「え?」
いや、聞いたことないわ。そういや。と思って。
「雪女に年齢なんてないですよ。」
またそこで雪女。
「ふふっ星野さんは?何歳?」
おれは37です。
「若く見えますね」
よく言われる。
「あまり変わりません。2個下です。」
え。それであの色気?
マジかよ!
「なんですか?」
いや。心の声です。気にしないで。
「ふーん。」
あー。またその目。
もう我慢効かなくなりそうなんですけど…
おもむろに彼女は立ち上がりギターを触る。
弾こうか?
「いいんですか?」
特別ね?
オレも立ち上がりギターを取り、またソファに座る。
ポロンポロンと爪弾く。
この音に惚れてこのギターを買った。
ライブなんかで弾き語りをする時と同じギター。
全ての曲はこいつとの合作だ。
「いい音ね」
でしょ?
君の癖を知りたいが ひかれそうで悩むのだ
昨日苛立ち汗かいた その話を聞きたいな
同じような 顔をしてる
同じような 背や声がある
知りたいと思うには
全部違うと知ることだ
暗い話を聞きたいが 笑って聞いていいのかな
思いだして眠れずに 夜を明かした日のことも
同じような 記憶がある
同じような 日々を生きている
寂しいと叫ぶには
僕はあまりにくだらない
悪いことは重なるなあ 苦しい日々は続くのだ
赤い夕日が照らすのは ビルと日々の陰だけさ
覚えきれぬ言葉より
抱えきれぬ教科書より
知りたいと思うこと
謎を解くのだ夜明けまで
君の癖はなんですか?
「わたしの癖ですか。なんだろうな…」
あ。やっぱり知らないのね。
結構前からの代表曲のひとつなんだけどね。
「すみません…」
いいんです。興味があればまた歌いますよ。
「星野さんのファンなら泣いて喜ぶでしょ?」
どうでしょうね。
「贅沢な時間をありがとうございます。
星野さん明日もあるし、わたしはもう帰ります。」
帰るのね。帰れるのね。
「帰りますよ。」
名残惜しくないの?
「そんなこと…言ったでしょ?燃え上がって一瞬で終わるのが目に見えるって。」
かおるさんの顔が近ずいてきた。
「名残惜しくない訳がないじゃないですか。」
耳元で囁く。
そんなことすんの?
この人は。なんなの??
心が翻弄されまくりなんですけど。
「ふふっ星野さん赤くなってる。」
いたずらっ子な顔。
今すぐにでも押し倒してしまいたくなる。
でもそんな事はしない。
少しだけだけどオレの方が歳上なんだ。
大人の余裕を(持ち合わせてないけども)見せてやろうじゃないか。
ふふっと笑って彼女はコートを着て玄関へと向かった。
オレも慌てて追いかける。
玄関先で彼女が振り返った。
「30日の時間。また連絡してくださいね?」
わかりました。
「おやすみなさい」
おやすみなさい。気をつけて。
「はー」
かおるさんが言い終わる前に腕を掴んで抱き寄せた。
なんでそんなさっさと帰れんのよ。
ますます帰したくなくなる。
「星野さん。落ち着いてくださいねー」
背中をとんとんとさすられる。
「もう逃げないから。」
さっきより小さい声で囁かれた。
ほんとに?
オレの腕の中でコクンと頷く。
わかった。
腕の力を緩めた。
かおるさんが困ったように笑いながらすり抜ける。
「おやすみなさい。」
おやすみなさい。
そう言って。
スタスタといつものペースでエレベーターに向かった。箱の中に滑り込む前にこっちを見て小さく手をふって。
やっぱりオレは雪女に心を奪われた猟師だな。
日々の嫉み
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