(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)
潜入捜査1
外は寒いから。コートをまた羽織ってマフラーを巻く。わたしの隣には星野さん。ダウンジャケットにマスク。石田さんが車を回してくるのを待つ。
「今日はコンタクトで来ちゃったから」
メガネ無しでもまぁいっか。
会社に人がほとんどいないことを願うしかない。
「オレ初めてかも。会社に潜入って。」
潜入ですか??
「会社勤めは向いてないと思ってるから入ったことないんです。役者の仕事で演じる事はあっても。」
なるほどね。
どんどんいろんな星野さんが見えてきますね。
「結局お互いを知ることって時間がかかることじゃないですか。これからを考えながら分かり合えればいいんじゃないかと思います。焦ることなんてない。」
そうかもしれないですね…
「だから。まずは今のボクを知って欲しいんです。」
それなら今から行く所には今のわたしがたくさん詰まってます。
上京してから今までずっといるところだから。
「そんなとこに潜入捜査ですよ?ワクワクするしかないでしょ?」
星野さん…前から聞いてみたかったんですが…
わたしの何がいいんですか?
星野さんの周りには他にも魅力的な女性はたくさんいらっしゃるでしょう?
「それは…」
目の前に車が止まった。
星野さんが言いかけたことを最後まで聞いてみたかったけど、もうそれどころではない。
急がなきゃ。
石田さんの運転。わたしは助手席。星野さんは後部座席に座り、わたしの会社へ向かう。
「それほど遠くはないですね」
ナビを設定しながら石田さんが言う。
「すみません、東京で車を運転することがないので…」
大丈夫ですよ。かおるさん。
石田くんはすごいから。
「そんなことありませんよ」
石田さんが笑いながら車を出した。
いつも歩く街並みを車の車窓から見るのはなんだか慣れない。
見える景色はどんどん飛び去っていく。
商品部の由美ちゃんのデスクの横にダンボールが5つあるはずだ。
衣装合わせの時に使うもの使わないもので分けて、使わない物は所定の場所に戻している。
こんな事態を想定していた訳では無いのに。あの時その判断をした自分を褒めたい。
『目的地に到着しました。音声ガイダンスを終了します。』
カーナビのお姉さんが教えてくれる。
警備の人に事情を説明してきます。
石田さん、あそこの駐車場に車は置いてください。
「わかりました」
わたしは車を降りて警備室に行く。
日が暮れかけて寒い。
街頭が付いたばかりで薄くぼんやりと光を出し始めている。
「お。かおるちゃん。どしたの?」
ちょっと緊急事態でね。
荷物を取りに来たんだけど、あと2人一緒に来てるの。
30分もあれば出れると思うのでお願いします。
「じゃお二人の名前。書いてもらってね」
わかりました。ありがとう。
車の方へ戻る。
お待たせしました。行きましょう。
警備のとこで名前を書いてもらって、入社証を受け取ってください。
「わかりました」
星野さんと石田さんが車から降りる。
わたしは台車を取りに搬入口へ戻る。
そこそこ大きめの台車を転がしながら関係者入口へ行くと、入社証をバッチリ付けた2人が待っている。
楽しそうですね。
「楽しいです。」
星野さんが笑ってる。
ほんとにワクワクしてるのがわかって…面白い。
ではこちらへ。
警備室から近いエレベーターへ向かう。
商品部は5階。
業務用エレベーターは広いが、台車と男二人女一人も乗ると流石に狭い。
星野さんとの距離が近い。
ここでは…意識したくない。
ガコンと到着の音がしてエレベーターが吐き出すようにドアをスライドさせた。
「あれ。」
ぶ。部長。お疲れさまです。
「おーお疲れ。どした?」
ちょっと。衣装を取りに。
「ふーん。2人も連れて?」
無理言ってお願いしたんです。
重たいからって。
「そうか。ご苦労だね。申し訳ないけど、俺は帰るよ。良いお年を~」
はい。良いお年を。
大掃除ありがとうございました。
「新年会で奢る約束忘れてないからな。」
はーい。
部長が通り過ぎたあと…不自然に目を逸らしていた2人に目をやる。
何やってるんですか。
「めーっちゃビビった!」
「ご挨拶しなくてよかったんですか?」
話が拗れるのがめんどいので。
「咄嗟にどうしたらいいかわかんないもんだね」
だからといって。あれはないでしょ。
3人で笑った。
星野さんは部長を前にした時。近くの書類棚の後に隠れたのだ。それをバッチリ目撃した部長。
顔が笑っていたがほんとに急いでたみたいでよかった。
商品部は綺麗に整頓されて掃除が隅々まで行き渡っており、ホコリひとつ無い。
さすが由美ちゃん。と、部長。
由美ちゃんのデスクの横のダンボールの山を見つける。
ダンボールの1個いっこに誰のいつの衣装なのか書いてある。
「これですか?」
はい。この5つですね。
「おっも!!」
星野さん。腰痛めますよ?
腕の力だけで持っちゃダメです。
そう言ってわたしがもうひとつダンボールを持ち上げて台車に載せる。
「かおるさん…かっこいい」
さぁ、運んで、載せてください。
「はーい」
石田さんと二人がかりで5つのダンボールを台車に載せてくれた。
さすがです。さすが男の子。
「かおるさんの仕事場は?」
「ここは違うんでしょ?」
ここは商品部。反物やまだ仕入れ前の商品が値札を付けられる前だったりで所狭しだ。
普段から整理整頓はさている場所だけど…今日は一段と綺麗になってる。
そんな見てどうするんですか…
「見るだけ見てみたいだけ」
まぁいいですけど…
とりあえず3人と台車でエレベーターに戻り、2階へ降りる。
「僕、ダンボール車に載せてきます。」
石田さんが言い出した。
「これくらいなら僕一人で十分なのに。星野さんついてきたかっただけでしょ?」
「ふははっバレた?」
「長い付き合いですからね。薄々は。」
そう言って台車と石田さんは下の階へ降りていった。
小学生の職場見学みたいですね…
「ふははっ。そうですね」
2階のフロアは誰もいなかった。
ごく普通のオフィススペース。ただ違うのは扱ってる商材が呉服ってだけ。
大掃除でかなり綺麗に整頓されたが…それでもまだまだ。
「かおるさんのデスクは?」
こちらです。
星野さんはわたしのデスクの椅子に座った。
「こんな景色なんですね。
かおるさんが毎日見てる風景。」
毎日じゃないですけどね。出張も多いから。
「京都?」
京都だけでもないです。博多まで行ったり全国に産地はありますから。
「へぇー。」
意外と奥が深いんですよ?
音楽もそうだろうけど。
「人間が生きていく上で必要だった着るものと音楽ですからね。どっちも計り知れない。」
着る物も、音楽も。形は変わって行くけど根本は変わってないものです。
民族衣装になってしまったからには廃れさせてはいけないと思うし。
「かおるさんは凄いですね。」
え?
「ボクが考えも及ばない所まで考えてて。」
考える分野が違うからですよ。
要は楽しくてしかたないんですから。着物。
星野さんもそうでしょ?
「そっか。そう言われたらそうですね。」
さぁ、そろそろ行きましょう。
石田さんが痺れを切らしちゃいます。
「さっきの部長さん?飲みに行くんですか?」
あぁ。星野さんのお仕事をすることになって、年末の挨拶回りを変わって貰ったんです。
お詫びに1杯奢るからって。
年明けてからの話になりますけどね。
「なるほどね」
エレベーターに乗り込んで下を目指す。
ガコンと開いたら石田さんが待っていた。
「台車戻しておきました。」
ありがとうございます。
では入社証は預かりますね。
2人の首から入社証を外し、警備室に返す。
ありがとうございました。
良いお年を!
「はいはーい。かおるちゃんもね!」
また3人で車に乗り込みNHKホールへ戻る。
搬入口からダンボール5つを台車に載せ控え室505に運ぶ。
時計を見たらもう7時だった。
星野さんは次のお仕事ないんですか?
「今日はどうだっけ?」
「明日がありますからね。今日は終わりです。」
「明日はもう少しビシッとした格好でリハだもんね」
「そうですね。」
明日の衣装は洋服ですか?
「そうです。いつものスタイリストさんが用意することになってます。」
なんだか申し訳ないですね。
本番を取り上げたみたいで…
「そんなことないですよ。この前その事話したら見るの楽しみだって言ってたし。」
そうですか…ならいいんですけどね。
「本番もたぶんここまで見に来るかもって。他の出演者のスタイリストやるから。」
あの。ハードル上げるのやめてくださいます??
3人で笑う。こんな時間も今だけなんだな…と少し寂しくなったりもする。
出来れば…30日とかに衣装の準備をしたいのですが。
可能ですか?今から広げてしまうと明日のリハーサルやスタイリストさんに迷惑でしょうから。
「30日なら事前番組の収録があるので、僕達も来ますよ」
邪魔にならないですか?
「大丈夫かと。」
じゃ今日はこのままにしておきます。
控え室が狭くなるのは申し訳ないですが、星野さん我慢してくださいね?
「全然狭くなってないです」
ぐー。
しまった。また腹の虫が。
そういやお昼食べてなかったな。
「ふはは。かおるさん。素直すぎ」
すみません…
「石田くんもう帰る?時間も早いし、今帰れば子供ちゃんも起きてるでしょ?」
「星野さんは?」
「ボクはかおるさんの腹の虫のお付き合い。」
「星野さん…信用してますからね??」
とりあえず3人でNHKホールを出るだけでた。
車に乗り込んで走り去る石田さん。
残された星野さんとわたし。
「さて。どこ行きますか?」
いいんですか?
「何が?」
その。こんなことして。
「ご飯食べに行くくらいは自由ですよ。」
目立つ格好なんだよな…わたしが。
まぁ星野さんが目立つ存在なんだから仕方ないんだけど。
それでも余計な事にはなりたくない。
オムライスにしましょ。
そこしか思い浮かばない。
タクシーを捕まえる。
「いいですね。」
最近…行き過ぎですね。あそこ。
「他にもメニューあるのに。オムライスが一番美味いんですよ。雰囲気も落ち着いてるし、マスターも余計なこと言わないから。好きです。」
そうですね。
逆に他にもメニューがある事を今知りましたけどね。
広げたことないから。
「いまだに店の名前がわかんないんだよな…」
そう言えばわたしも知らない。
「今日見てみますか。」
ふふっそうですね。
タクシーはとっぷり暮れた東京の街中を走っていく。
クリスマスは終わったのにイルミネーションはそのままで車窓から見る分幻想的に映る。
タクシーはあの喫茶店の近くで止まってもらい、歩くことにした。
「さっむ」
寒いですねぇ…
もうすぐですから。サクサク行きますよ!
「はーい」
喫茶店まではすぐそこだ。
お店の看板にはコーヒーカップのマークしか無くて店名が書かれてない。喫茶店とはわかるが…
星野さんがドアを開けようとした。
「あれ。」
え?
「開かない」
なんだと。今日に限って開いてないって。
クリスマスイブには開けてるのに。
マスター…なぜ。
2人で顔を見合わす。
「どうします?」
どうしましょう…
日々の嫉み
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