(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)
紅白歌合戦未公開リハーサル
今日を。やりきれば。
当日はスムーズなことになるはずだ。
そう思って朝ベッドから出た。
12月26日水曜日。
運命の1日(ほぼ24時間よね…)はまだ少し先だけど、
今日はその日よりも緊張する。
見たことのない世界。
紅白歌合戦の向こう側だ。
どんな風になってるのか想像もつかない。
昔あの演歌の大御所女性歌手がすごいセリ上がる衣装で画面いっぱいに映るとどこで歌ってるのかわからなくなったのを思い出す。
どうなってるのか…なんて考えたこともなかった。
その裏側。テレビの前では絶対に見れない舞台裏。
わたしは完全に裏方だし、ましてや今日はすることなんてない。ただの見学者。
星野さんとバンドメンバーさんの着付けをして下さる方々とは打ち合わせがあるがそんなのかかる時間なんて知れてる。
星野さんの出番が終わったら帰れるんだろうか。
今日のスケジュールが全くわからない。
集合場所と時間だけは教えて貰ったけど…それ以降何も連絡はない。
『ボクが付いてますから』の言葉を鵜呑みにするしかないのか。
仕事は段取り八分なんですよ。
もー。
集合はあの。NHKホール。
時間は12時。
なんだってそんなお昼時に…だ。
とりあえずいったん会社に出社しよう。
明日からは正月休みに入るからやることやっとかなきゃ。
歩いて出勤。うちから会社まで歩いて30分。
免許はあるけど駐車場高いし、電車やバスを使う程の距離でもないのでなんとなくいつも歩いていく。
体力勝負の仕事だからこれくらいは苦にならない。
着物の着て草履履いて。
コート羽織ってマフラーして。(でないと首筋が寒すぎるんです)
おはよう!由美ちゃん!
「おはよーございまーす。」
仕事納めだねぇ。
「かおるさんは違いますけどね。」
言わないで…怖くて仕方ないんだから。
「ですよねぇ…テレビで見ときますね。」
その頃は宝塚でしょ?
「ホテルのテレビで。張り付いときます。」
わたしは映らないよ?
「私のコーデが全国に流れるんですよ?実家の親にも自慢しました!」
そういや言ってなかったわ。
うちの親は毎年見てるからね。
「言わなきゃ!」
そうね!
クリスマスイブに降った雪はクリスマス当日には消え。ただただ底冷えする。
雪が降れば…気持ちあったかいのになぁ…
「おい。」
あ。おはようございます。
「今日は紅白だろ?行かなくていいのか?」
11時過ぎには出ます。
その前に部長に年末のご挨拶をと思いまして。
「お前の代わりに京都の挨拶回り。疲れたわ。」
ありがとうございました。皆さんお変わりなかったですか?
「なんでお前が来ないのかってみんな残念がってたよ。」
嬉しいですね。そう言って貰えると。
始業時間を迎えると年末恒例の全社員を集合させて社長からの挨拶と労い。来年の抱負。
それが終わりしだい大掃除が始まるが、わたしは自分のデスクを整理し、上司に一言告げて社を出た。
なんとなく足がふわついている。
星野さんに会える嬉しさと。なんとなく重くのしかかる不安と。
何を不安に思うかと言われればそれまでだけど…ホシノゲンの出番は割と遅い方。
それまでに着付けは終われるだろうけど、問題はその後。紅白終わってから次の場所までの移動と着付け。
間に合うのかどうかさっぱりわからない。
忙しいんだろうな。
クリスマスイブの夜。他に何もいい案が見つからなくて仕方なくうちに上げた。
そこでいろんなわだかまりをとっぱらえたはずだった。
別に何かした訳でも何でもなくコーヒーを飲んで話をしただけだ。
すごい勇気とその場の雰囲気と勢いで星野さんの頬に口を付けたけど。それだけ。
我ながら…大胆な事をしてしまった。
それから別になんの連絡もなく。
わたしからも特になにもしてない。
普段から音信不通になりがちなわたしなので気にもしないんだけど…
イブのあの夜はやっぱり夢だったのよね…と思い込むには時間が充分あった。
「かおるさん!」
歩いていたら声をかけられた。
キョロキョロすると。いた。
「おはようございます!」
元気そうでめっちゃ笑顔なホシノゲン。
マスクにメガネの。
『関係者以外立ち入り禁止』のロープが張られている内側でブンブン手を振っている。
そのロープの先にはNHKホールだ。
ちょっとだけ小走りになる。
急がなきゃ。わたしは遅れてしまったのか?
時計をチラッと見る。
11時40分
集合時間にはもう少しある。
おはようございます。すみません。遅れてしまって。
「遅れてないですよ!むしろ早い!ちょうど車の中から姿が見えたので駐車場に入る前に降ろしてもらったんです」
なるほどね。
「今日はよろしくお願いします。」
こちらこそ。よろしくお願いします。
「行きましょう。こっちです。」
スタスタと前を歩いていく。
関係者入口で石田さんと落ち合った。
おはようございます。
「おはようございます。よろしくお願いします。」
ホシノゲンが着物姿の女と歩いてるぞ!って噂にならないか…とか余計な事をいろいろ考えてみてたけど…
NHKホールの舞台裏はカオス過ぎて誰もこっちを見ていない。
スタッフは走り回り大声が飛び交っている。
これまだ本番じゃないのよね?
見たことのない世界を目の当たりにしていろいろ見たくてキョロキョロしてると置いていかれるので…目の前の星野さんの背中を追いかける。
勝手知ったる我が家かのように石田さんと星野さんはたまに挨拶をしながら歩いていく。
「オレトイレ行ってくんね」
と言って星野さんは角を曲がって行った。
『控え室505 星野源様』
そう入口に書かれた部屋の前で止まって中に入っていった。
「どうぞ」
石田さんがドアを開けてくれている。
失礼します。
広い控え室。大きな鏡に眩しいライト。
応接セットまである。
「すごいでしょ。舞台裏」
凄いですね…あんなことになってるなんて。
「当日もっと忙しないですよ」
そうなんですか…
「かおるさん。ちょっとご相談があります。」
石田さんが切り出した。
「実はですね…着付け師の手配が思わしくなくて。」
は?
「8人の着付け。かおるさん1人でできませんか。」
は??
ちょっと待ってください。
なんでそうなったんですか?
「…それが…どこを当たってもこの時期は難しいと断られてしまったんです。ギリギリまで交渉を続けたんですが…」
うーん…困った。
8人を1人で着付け。
時間は大丈夫でしょうか。
1人で8人となると、男性は大体10分くらい。女性で20分はかかると思います。
2時間は頂くことになりますよ?
バンドメンバーさん達はそんな前から集まっていただけるんでしょうか?
「それは大丈夫だと思います。」
紅白はそれでいいとして…その後なんですが、ここで着替えて行くことはできますか?
「星野さん以外はここで着替えれるはずです。」
…わかりました。
やりましょう。
30日までに両方の番組の衣装をここに準備し、バンドメンバーさん達は出番が終わり次第着替えて貰う。
その後移動して星野さんだけを着付けするだけならなんとかなるはずだ。
「かおるさん。ありがとうございます!
ほんとに申し訳ない!」
乗りかかった船ですからね…
やるしかないです。
その代わり。石田さん。力仕事の手伝いお願いできますか?
「もちろんです。」
「お待たせしましたー」
星野さんが戻ってきた。
「あれ?深刻な話??」
星野さん。オムライス。奢ってくださいね。
「へ?」
乗りかかった船とは言え。
緊張が度合いを増してしまった。
これこそ段取り八分で取り掛からないと取り返しもつかなくなる。
衣装はまだ商品部にある。
衣装合わせをした時に1人ずつのコーディネート通りに順番に箱に詰めた。
そのままを持ってきてそのままを着せていくのが一番早いだろう。
由美ちゃんがいてくれれば…
不安が的中してしまった。
リハーサルは何時からなんですか?
「ちょっと確認してきますね」
石田さんが控え室の外へ出ていく。
「かおるさん…大丈夫?」
え?んー。たぶん大丈夫です。
「実はオレも今日聞いたんです。その話。」
まぁ仕方ないですよね。
手配出来なかった事に怒りをぶつけるよりは、段取り八分をやりきることにエネルギーをぶつけることにします。
「怒ってる?」
怒ってる。
「顔が。」
出てるでしょうね。
「正直ですね。好きです。」
誤魔化されません。
「誤魔化してないです。」
んもー。星野さんと話してると。ペース狂いますね!
「んはは。」
はらわた煮えたぎってるのに。なんか上から甘いものタラタラかけられて溶かされるみたいです。
「もっと溶かしたいんですけどね」
雪女はそんな簡単に溶けませんよーだ。
「かわいすぎるんですけど。」
「失礼します。星野さんのリハーサル時間ですが、2時くらいになりそうだそうです。」
石田さんが入ってきた。
「石田くん。かおるさんやっぱり怒ってるって」
「すみません…」
大丈夫です。なんとかしますから。
「石田くんもかおるさんに頭上がんなくなっちゃったね」
どーゆー意味ですかね。
「やばい。オレも怒られる」
3人で笑った。
石田さんとわたしの微妙なピリピリを星野さんが見事に中和してくれた。
星野さん。申し訳ないんですが、石田さんを少し貸して貰ってもいいですか?
「石田くんを?」
紅白当日もこちらの控え室は同じですか?
バンドメンバーさん達の控え室はどこでしょうか。
出来ることはやっておきたいので、今からでも商品部から衣装を持ってきておきたいんです。
「控え室はちょっと点在してたように思います。
確認してきます。」
お願いします。
星野さん、ちょっと電話してきてもいいですか?
「ここでかけますか?外は騒がしいから。」
じゃちょっと失礼して。
スマートフォンを取り出し、商品部にかける。
由美ちゃんも大掃除の真っ最中だろうから。ケータイは聞こえないだろう。
『はい。商品部の加藤です。』
お疲れ様。由美ちゃん。かおるです。
『あれ?かおるさん?どしたんですか?』
ごめんね?忙しいとこ。
ちょっと確認したいんだけど、紅白とCDTVの衣装ってそのままよね?
『そのままです』
大掃除、何時に終わりそう?
『んー。そうですね…5時までには。』
わかった。ありがとう。ごめんね?手伝えなくて。
『大丈夫です。部長が手伝ってくれてます』
マジかー。
『めちゃくちゃ捗ってますよ?』
よろしく言っといて?
『はーい』
電話が切れた。
星野さんと目が合う。
なんでニコニコしてるんだろ。
「いいなぁ。なんか。かおるさんとそんな風に話が出来て。」
話し方?
「なんだろう。くだけてる感じ?」
後輩の子なんですよ。一番頼りにしてます。
この前も一緒に来てたでしょ?
「あ!あの事務服の!」
そうです。あの子。
「ちょっと羨ましいです。」
なんでですか?
「かおるさんとフランクに喋れるのが。」
そこ?
「おかしいですか?」
おかしいですよ。ふふっ。
星野さんかわいいですね。
「そのですますをどうやったらとっぱらえるんだろうなぁ」
そうですね…
一緒に過ごす時間じゃないかしら。
「まだまだ…かかりますか?」
さぁ…ね?
お互いの顔を見てふっと笑った。
控え室の外は嵐のような騒ぎなのに。
中はあったかい空気で溢れている。
星野さんは…不思議な人ですね。
「そうですか?」
そうですよ。
不思議だから。惹かれるんでしょうね。
「そんなに魅力的?」
自分で言いますか。
「ふはは」
ガチャ。
「お待たせしました」
「石田くん。おかえりー。」
「はい。控え室ですが、やっぱり点在してました。」
石田さんは控え室の見取り図のコピーをガサガサと出して広げた。
「今いるのがここ。長岡さんがここ。伊賀さんがこちら。」
ちょっと待ってください。
1人一部屋なんですか?
「広さが違いますが、それぞれです。」
運動会かよ。障害物競走じゃないか。
同じフロアならまだ救いようがあったけど。
目眩がしそうだ。
今から準備することは可能ですか?
それぞれの控え室。
「…それはなんとも…」
では。この控え室は当日までもこのまま星野さんだけですか?
「ここは。はい。」
星野さん。ちょっと狭くなってもいいですか?
「ボクはかまいません。」
では。リハーサルが終わったらこの控え室に全ての衣装を入れさせてください。
そこから仕分けしてすぐ出せるようにしましょう。
メンバーさんたちが来られしだいすぐ着付けに入れるようにしておきます。
星野さんが基本的に最後になりますよね?
ヘアメイクもされるんでしょ?
「そうですね」
ではそれで進めていいですか?
今わたしの会社では大掃除が行われてるのですぐは難しいので。
5時以降には入れるはずです。
「わかりました」
「オレも手伝うよ。あのダンボールたくさん運ぶんでしょ?人手が多い方がいい。」
大丈夫ですか?
「一応男の子ですからね」
メガネマスクのセットは忘れないでくださいね?
「はーい」
わたしの陣地にいともたやすく入り込んでくる。
警戒心を持たさない天才なのかもしれない。
大掃除の終わった後は社員はそれぞれ持ち場の戸締りをして散っていく。
実家に帰ったり、家族と海外に行ったりと様々だ。
5時過ぎにはほとんど誰もいないだろうから。
星野さんが本当に来ても騒ぎにはならないだろう。
コンコン
「星野さん、お疲れさまです」
「寺ちゃん。お疲れさまー。」
ちょっとふっくらしたメガネの男性が入ってきた。
寺ちゃん?あ。放送作家さんか。
「もうすぐリハーサルの順番ですよ。」
「はーい」
「僕はほかのメンバーが来てるか回ってきますね」
石田さんが席を立つ。
「寺ちゃん。こちら。かおるさん」
はじめまして。
「寺坂と申します」
名刺を出されたので慌てて出す。
「おびなたかおる、さんですか?」
すごい!読めましたね!
「おびなたって読むんだ!」
星野さん…読めなかったんですね?
聞けば教えるのに。
誰もわたしのフルネームを読めない。
大日方薫。
だから大体「かおるさん」だ。
さすが放送作家さんですね。
「恐れ入ります。」
「亮ちゃんだって読めてないと思う。」
いいんですよ。
もう慣れてますから。
「星野さん。そろそろお願いします。」
石田さんが呼びに来た。
後には噂の長岡さん。
「あ。かおるさんがいる。源ちゃん。ずるーい」
おはようございます。長岡さん。
「かおるさん今日も美しいね」
ありがとうございます。
「はいはい。亮ちゃん行きましょー」
星野さんが押し出すように長岡さんとドアの外に出た。
わたしはどうすれば?
「よかったら僕と一緒に見ますか?リハーサル。」
寺坂さんが提案してくれる。
いいんですか?
「はい。僕は本番は見れないので星野さんのリハーサルは必ず見るようにしてます。」
仲いいんですね。
「星野さんはすごい人です。」
わたしも。そう思います。
寺坂さんのあとをついて行く。
舞台裏は相変わらずスタッフさんたちが慌ただしく動き回っている。それを縫うようにくぐり抜け、舞台横の扉からホールに入った。
広い…
客席には数名のスタッフがいるがそれ以外はガラガラ。当たり前だが、本番しか見たことのないわたしからしてみれば異様な光景だ。
「広いですよねぇ。本番当日はここがびっしり人で埋まります。それはそれですごい光景です。」
そんなたくさんの人を前に歌うって。
気持ちいいんでしょうねぇ…
「星野さんはいつも楽しそうです」
ふふっそうでしょうね。
カメラクルーの邪魔にならないようにと、ちょっと離れたところから舞台を見る。
ちょっと左寄りに寺坂さんと並んで立つ。
客席よりもだいぶ高い位置にある舞台。そこではどんな景色が見れるんだろうか。
世の中に選ばれた人しか立てない舞台に立つホシノゲンはどんな事を考えてそこに立つんだろう。
「ホシノゲンさん入られまーす」
スタッフの声がした。
「よろしくお願いしまーす」
あ。ホシノゲン。
さっきまで控え室で見てた顔なのに。
やっぱり違う顔。
バンドメンバーさん達もぞろぞろ入ってきて配置につく。
スタッフたちが走り回ってる。
真剣勝負なんだな。生放送ってこんなに大変なことなんだ。
それに携わる事になった。
緊張感が伝わってくる。
舞台に立つホシノゲンがこっちに気づいて小さく手を振ってきた。
寺坂さんがはにかんで嬉しそうに振り返している。
ふふっかわいいですね。
「星野さんはかわいいです。」
いや、おふたりとも。
星野さんの曲が始まった。
スタジオでのリハーサルを聞いたけど。
やっぱり本番さながらのはすごい。
音も全然違って聞こえてくる。
舞台の上で楽しそうにマリンバを叩き歌い始めるホシノゲン。
日本中に。世界中にファンがいるホシノゲン。
こんな人のそばにわたしはいれるだろうか。
一瞬だけ。そんなことを考えた。
ダメだ。今は舞台の星野さんを見なきゃ。
表舞台で華やかに立つその姿を焼き付ける。
「やっぱりすごいなぁ…」
間奏の時に寺坂さんがぼそっと呟いた。
ほんとに。
わたしも涙を1粒だけ流してしまった。
星野さんに見つからないようにすぐ拭う。
あっという間に終わる演奏。
スタッフからも拍手が起こる。
「戻りましょうか…」
そうですね。
寺坂さんとわたしは静かに舞台裏に戻り、控え室へと戻った。
「僕はここで。」
はい。ありがとうございました。
と控え室505の前で寺坂さんはわたしを置いて去っていった。
1人控え室に入った。
広すぎる一人部屋。ここを衣装のダンボールで埋めるのは申し訳ないけど仕方ない。
星野さん…こんな広い空間で1人なんだろうか。
いや。あの人のことだ。きっと他のメンバーさんや石田さんと楽しく準備するんだろう。
今何時頃だろ。
腕時計を見た。4時38分。
なんだって星野さんが絡むとこう時間が早いんだろうか。
でもここからがちょっとハードだな…
大掃除手伝いたかったけど、手伝わなくて正解だ。
「かおるさん!ここにいたんですか!」
星野さん。お疲れさまでした。
「寺ちゃんと見てましたね!」
はい。一緒に見ますかって言ってくださったので。
「かおるさんに手振ったのに。寺ちゃんが振り返して来たんでビックリしました」
あれわたしに向けてだったんですか?
「ふははっ当然でしょ?なんでヤローにおててフリフリするんですか」
おててフリフリって
いつもの星野さん。
安心する。
星野さんも少なからず緊張してたのか終わった後の顔の方が嬉しそうだ。
素敵でした。ホシノゲンさん。
「今ここにいるボクもさっき歌ってたのも。同じですよ?」
わかってますよ?でもやっぱりちょっと違うんです。
「ボクが仕事してる時のかおるさんと、一昨日の夜のようなかおるさんどっちも好きだってのと同じ感じ?」
当たらずとも遠からず…ですね。
わたしは表舞台のホシノゲンさんをほとんど知らないので…
「どっちのホシノゲンを知りたいですか?」
え?
「表舞台に立つオレ。裏側のオレ。」
突然何を言い出すのかと思い星野さんの顔を見ると。
真剣な眼差しが返ってきた。
怖くなって目を逸らす。
わたしは…わたしの知ってる星野さんのことを知りたいです…
小さく。本音を出した。
欲張りだ。ホシノゲンはみんなのもの。
でも星野源は独り占めしたい。
雪女はやっぱり独占欲の塊だ。迷い込んだ猟師を里には帰したくないのだ。
「よかった。」
え?
「表舞台のホシノゲンって言われたらどうしようかと思った。」
どうしようって…わたしほんとに知らないんですよ?
紅白の仕事の手伝いもするのに。
失礼極まりないでしょ。
「そんなのどうでもいいですよ。嫌でも知るようになるだろうし。
それよりも。かおるさんにはちゃんと知ってもらいたいなぁと思ってます。今のボクを。」
今の星野さん?
「そう。今までの事は別に知っても知らなくてもいいんです。ただボクは前を向いて進みたいから。かおるさんには今とこれからの星野源を知ってもらいたい。」
…
「ちょっとカッコつけすぎましたね。」
ふふっ。
「ふはは」
ほんとに心臓に悪い人ですね。
「そんなことないです。ボクからしてみればかおるさんも心臓に悪いんだから。さっき見てた時泣いてたでしょ。」
気づいてたのか。一雫の涙を。すぐに拭ったはずだし、その時ホシノゲンはこっちを向いてなかったのに。
「きらって光ったんです。ドキドキした。」
なんで見てるんですか…
「見るでしょー」
でも今日見れてよかったです。
演奏も歌もみなさんも素敵でした。本番はわたしは見れないから。
「終わった後ね、亮ちゃんにからかわれました。
かおるさんの方見すぎよ?って」
長岡さん…目ざといですね。
「あの人はごまかせない!」
コンコン
石田さんが入ってきた。
「星野さんお疲れさまでした。リハーサルバッチリでしたね」
「うん。ありがとう」
「今日はもう帰って大丈夫そうです。」
「じゃかおるさん。行きますかー」
この後で衣装の搬入はしても大丈夫なんですか?
「搬入だけなら大丈夫だと。」
わかりました。
では行きましょう。
力仕事の始まりです。
日々の嫉み
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