(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)
クリスマス2
え。
何が起こったんだろう。
さっきまで楽しく話をしてたはずなのに。
もっとゆっくりいろんなことを聞いていこうと思ってたのに。
彼女は突然話を切り上げて立ち上がり逃げるように去ってしまった。
さながら雪女のように。
あの重たいドアを開けた瞬間冷たい空気と共に雪も少し舞い込んできた。
その暗闇の中に彼女は消えていった。
何がいったいどうなってこうなったのかさっぱりわからない。
マスター…オレなんかまずいこと言った?
「追いかけないの?」
え?
突然過ぎて身体が動かない。
追いかけていいの?
なんでこうなったのかがわからないのに?
「ちゃんと追いかけて。ちゃんとかおるちゃんに聞いてみなよ」
わ!わかった!
マスターありがとう!
また!
ダウンジャケットを掴み取りリュックを乱暴に椅子から剥ぎ取る。
重たいドアを開けて彼女が溶け込んで行った夜に足を踏み出した。
かおるさん!待って!
イルミネーションの中でポケットに手を入れて暖めたあの夜よりも早いペースで歩く後ろ姿が遠くに見える。
追いかけろ。走れ。
今捕まえなきゃ。永遠に手が届かなくなる気がした。
全速力で走るのは何年ぶりだ?
足が重たい。
雪も空気も冷たい。
イブの夜だからか人通りはそんなにないけど。
ホシノゲンが女追いかけて全速力でイブの夜を疾走!なんて見出しが出てもおかしくはない。
そんなの関係ねぇ!!と頭の中で振り払う。
今はそんな明日の事なんてどうでもいい。
追いかけなきゃ。追いかけて追いついて。
ちゃんと聞かなきゃ。
もう少し!
って時に彼女が止まった。
振り返って。その視界にオレが入った。
かおるさんっ
な、なんでっ
「星野さん。マスクしてください?」
へ?
ますく?
あ。忘れてた。
やばい。気が付かれる前に隠さなきゃ。
慌ててマスクを付ける。
「少し。歩きますか?」
仕方ないなって顔で。
困ったように微笑んだ。
もうかまってられるか。
オレは彼女を掴んで抱き寄せた。
なんで。
逃げんの。
「逃げてないです。」
さっきあそこから逃げたじゃん。
「あの時は。ちょっと辛くなっちゃったから」
何が辛かったのか。教えてください。
彼女はまた困ったように笑った。
抱き寄せられたまま逃げない彼女。
なんのドラマの撮影だろうかってくらい画面越しで見るなら胸キュンのシチュエーション。
でも。オレ必死。
この腕の中にいる雪女が今にもふわっと消えてしまいそうで。
腕を拡げたらふわふわ白い煙だけ残されてしまいそうで。
「星野さん。苦しいです。」
え。あ。ごめんなさい。
腕の力を緩めた。
お互い顔を見合わせて笑った。
「せっかく振り切って来たのに。追いかけて来るなんて。」
また困った顔。
その顔もかわいいなぁなんて思ってしまう。
「付いてきてください。」
またスタスタと歩き出す。
え。オレ置いてかれんの?
慌ててまた追いかける。
「この道順は。忘れてくださいね?」
え?どこ向かってるの?
「雪女の隠し岩戸です。」
見えてきたのは普通のマンション。
普通の玄関アプローチ。
狭いエレベータに乗り込んで5階まで上がる。
エレベーターを降りて。右に1枚、2枚、3枚、4枚、5枚目のドア。
1番奥の部屋のドアの鍵を彼女が取り出して開けた。
まさかの事態です…。
突然過ぎてびっくりしてます。
手を繋いだことしかない(おでこにちゅーもしたか)
女の部屋に。
招かれてしまった。
「どうぞ。」
お。おじゃまします…
スリッパを出された。
やっぱ女の子の部屋は違うな。
ちゃんとしてる。
玄関から奥の部屋に入る。
キッチンがあってリビングがあって。
もう一部屋。寝室ですかね?ムフフ。
「そこ座ってください。」
指示が飛ぶ。
大人しく。座る。
「コーヒーでいいですか?」
はい。
「突然借りてきた猫みたいになるんですね(笑)」
緊張するでしょ。これは。
「ごめんなさい。ちょっと他に思いつかなくて。
どこかお店に入るにしても…日が悪いでしょ?」
そうか。クリスマスイブだ。
それこそ明日の見出しになるかFRIDAYされるかのどっちか2択じゃないか。
「石田さんにも申し訳が立たないと思ったので。
とりあえず。」
咄嗟の判断がこれ。
オオカミを招き入れてしまった子ウサギちゃんなのか…
雪女に連れられて迷い込んだ猟師なのか…
すみません。なんか。そこまで考えて貰ってんのに。
「はい。コーヒー飲んでテレビでも見て待っててください。」
かおるさんは?
「もう雪女の変装はいいかなと思うので。着替えて来ます。でもひとつ約束してくださいね?」
約束?
「絶対に覗かないこと。覗いたら最後。凍らせますから。二度とここから出られないように。氷漬けです。」
いたずらっ子な目をしたかおるさんは隣の部屋にスルッと入っていった。
日本昔ばなしか!
やっぱりオレは猟師の方だった。
子ウサギだなんて舐めてかかってたら喰われる。
あぶないあぶない。
彼女が入れてくれたコーヒーを飲む。
テレビを付けてみた。
何時だ?スマホを取り出してみた。
21:38
普段こんな時間にテレビを見ない(てかめったに見れない)から新鮮だ。
かおるさんが出てきた。空気が動く。
「お待たせしました。」
彼女が入っていった部屋に背を向ける格好でソファに座っていたので…恐る恐る振り返ってみた。
そこには普通の部屋着(ユニクロとかで売ってるような)を来た初めて見るかおるさんが立ってた。
「洋服をあまり持ってないのでね。こんな格好しか出来ないんですよ。」
照れながら笑ってる。
キッチンに入りコーヒーを入れて。オレの隣に座った。
何となく心地いい沈黙。
この人と付き合うとこんなゆっくりとした時間を過ごせるんだろうか。
いつも5倍速に感じる時間がテレビの上に置かれてる時計のように規則正しく1秒ずつ過ぎて行ってくれるようになるんだろうか。
「わたしは…怖いんです。」
突然沈黙をやぶって話し始めたかおるさん。
「星野さんといると。周りが見えなくなりそうになる。今までと同じ毎日が過ごせなくなる。星野さんにとっては普通のことがわたしにとってはとんでもないことだったりするんです。
好きだって言ってもらえてほんとに嬉しかった。
でもそれに答えてしまうと。
何かが終わってしまう気がして。
何も始まってもないのにね?
わたしは星野さんのことをまだまだ知らないし、星野さんもわたしのことをまだ知らないでしょ?
だったら…このまま何もなかったことにした方が幸せなのかもって。
さっき…逃げてしまったのは。
このままずっと一緒にいたいって一瞬思ってしまったから。
夢を夢で終わらせることができなくなってしまうと思って。
ふふっ。おかしいでしょ?
まだ何にも始まってないんです。
始まる前からもう怖くて怖くて。
会う度に好きになってるのもわかってたし。
どんどん惹かれてるのもわかってた。
星野さんがあの時1人の女性として好きだって言ってくれた時思わずそこは人って言えってツッコミましたけどね。心の中で。」
……何も言えない。
ここまでを淀みなく言葉を慎重に選びながら話す彼女の横顔をずっと見ていた。
涙なんか一粒も流れてない。強い。
そんなことまでを悩ませてしまっていたのかと改めて気づく。
おれは星野源だけど。ホシノゲン。
自分で選んだ道だし、進んできた道を後悔は全くしていない。
けれどその「ホシノゲン」の肩書きのせいで彼女にまでも迷惑がかかってしまうかもしれない事を。彼女の生活や習慣を変えてしまう事になるんだと思い知らされる。わかってたはずなのに。
慎重に。慎重にここまで進んできてくれたんだ。
ごめん。
「謝らせたい訳じゃないんですよ?」
うん。でも。ごめん。
もう1回謝って。また困ったように笑うかおるさんを抱きしめた。
オレそんな器用な人間じゃないから。
かおるさんがそんなに考えてくれてたとか全然思わなかった。
ただ、かおるさんといると何となくねあったかい気持ちになれんの。
それが心地よすぎて甘えてしまってんのかもしれない。
オムライス食べてる時の顔とか。仕事バリバリしてる時の顔。どっちも好きだなーって思ってしまって。
芸能人のホシノゲンなんかそこには存在しなくてさ。
かおるさんがそこにいるといつものオレに戻れてる気がしてて。
んー。何言ってんのかわかんなくなってきたけど。
「ふふっ」
腕の中にスッポリ収まってるかおるさんが笑う。
「星野さんと一緒にいる時はわたしも安心します。
この前控え室で寝ちゃったし。」
オレも寝ちゃったもん。
寺ちゃんが起こしに来てくれなかったらたぶんそのまま寝てたと思う。
「寺ちゃん?」
あー。火曜日のラジオの放送作家さん。
「なるほど。
ね?わたしは星野さんの事もホシノゲンさんの事もまだまだ知らないことだらけ。
それにわたしも星野さんに負けないくらい忙しいんですよ?京都に1ヶ月行ってこいなんてしょっちゅうです。それにわたしは雪女。実は嫉妬深いです。」
ふはは。雪女。
「雪女の嫉妬を舐めてたら…喰い殺されますよ?」
何に惹かれてるのかなんてはっきり答えに出来てしまったら…簡単すぎる。
それが何かわからないから一緒にいれるんだと思います。
「それは確かにね。わたしも思います。」
オレも考えてみればかおるさんのこと何も知らない。
年齢は?恋人は?いないの?ここまで来といてだけど。
血液型は?星座は?趣味は?好きな音楽とか本とか。
休みの日は何してんの?
出身は?どこ?
質問攻めにしようと思えばいくらだって出てくる。
かおるさん…
「はい?」
とりあえず…年末年始の仕事が終わったら。
考えませんか?それからのこと。
「そうですね。この時点でこんな話をするつもりはなかったから。ごめんなさい。」
いいんです。
逆によかったと思う。
ちゃんと話聞けて。
かおるさんが思ってること全部聞けて。いや全部じゃないかもだけど。
「全部ですよ。もー全部吐きました。
わたしの気持ちも言っちゃったし。言うつもりなかったのに。」
え。なんで?
「言ったら…そのときだけわーっと盛り上がって終わっちゃうでしょ?
そんなことはしたくなかったし…無駄に傷付きたくなかったので。」
ふははっなるほどね。
「それにそのお仕事の妨げにもなりたくなかったから。
そんな状態で…仕事出来ますけど、たぶん一言も喋らないでしょ?お互いに。」
出来んのね。お仕事。
「仕事ですから。感情は家に置いていけるものなら置いて行きたいけどそうもいかない。だから余計な感情は増やしたくなかったんです。それでなくても星野さんといると心臓に悪いし。」
そんなに?
「かなり。」
また顔を見合わせて笑う。
ここ。お預けって言ったけど。ちょうだいしてもいいですか?
「ダメです。」
ちぇー。
「これで我慢してください。」
そう言って。彼女の柔らかい唇がオレの頬に触れた。
「ふふふっ星野さんが赤くなってる。」
ひとつ聞いてもいい?
「なんでしょう?」
恋人はいないの?
「いたら星野さんを部屋に入れてませんよ。」
こんなにも素敵な人なのに。世の中の男共はどこを見てるんだ。
「たぶんね?着物のせいです。着てると固い女って思うみたい。まぁ実際に固い女ですけどね。」
オレの疑問に答えてくれた。
じゃ着物のおかげだ。
オレがここにいれるのも。
かおるさんを独り占め出来るのも。
「…星野さんは…?」
ん?
消えそうな声でかおるさんが恐る恐る聞いてきた。
「その。彼女いないんですか。」
…クリスマスイブにここにいてかおるさんを抱きしめたりキスしたいって言ってるのが答えにはなりませんか?
今度はかおるさんが赤くなる。
ね?
ソファの背もたれにすがり、彼女の頭を肩に乗せる。
ゆっくりとした時間が普通の速度で流れていく。
クリスマスイブだからって特別なディナーとかホテルのスィートルームなんていらない。
オムライス食べてコーヒー飲んで。
無用なわだかまりを解決して。
心を許して隣に座っていてくれるだけで。
いつでも出来ることが特別なことなんだ。
今ここでオレと一緒にいてくれるってことが。
「思わぬクリスマスイブになりました」
ほんとだ。
「マスターに感謝しなくちゃ」
オレも。
「星野さんも?」
かおるさんが出てった後追いかけないの?って言ってくれたのマスターなんです。
オレはとりあえず…突っ立ってた。
「マスターめ。もうオムライス食べに行かないんだから。」
行くでしょ。
「…行く。」
冷めたコーヒーを飲みきって。
オレは帰ることにした。
彼女も別に引き留めようとはしない。
じゃまた。明後日。
「はい。」
おやすみなさい。
「おやすみなさい。気をつけて。」
タクシー呼んだから。大丈夫。
「はい。」
かおるさん。
「はい?」
好きです。
「はい。」
また困ったような笑い顔。
でもそこには嬉しいって感情が見えた。
おやすみなさい。
「おやすみなさい」
オレがエレベーターに乗り込むまでドアを開けて見てくれていた。
日々の嫉み
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