妄想劇場 17

(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)







クリスマス1

クリスマスですか。世間は。
どこもかしこもジングルベルだのハッピーホリデーだの。欧米の文化に染まりやがって。
日本人はクリスマスを聖なる夜=恋人と過ごす夜と捉えているきらいがある。
実際の欧米のクリスマスは家族で過ごす。一家でターキーを食べ、談笑し、キリストの誕生の日を控えて厳かに過ごす。暖炉に靴下を下げてサンタが降りてきてお腹が空いてるだろうからとクッキーと牛乳を置いておく。すると次の日クリスマスツリーの周りにはプレゼントの山!!!が通例。
恋人と過ごしたり友達と過ごすのは大晦日から新年にかけて。カウントダウンをタイムズスクエアで派手にやるあれだ。
ようは真反対。

大学生の時に1年だけアメリカに留学した時に驚いた。
この留学がきっかけで日本の民族衣装にも興味を持った。もしあの時留学してなければ呉服の世界に入る事は無かったし、東京にも来てない。
…星野さんにも…出会ってなかっただろう。

星野さん。
不思議な人だ。表舞台(しかもどセンターよね)に立ちその顔をテレビで見ない日は無い。らしい。そもそもテレビ見ないので…
年末に向けて紅白に出るとかCDTVもとか雑誌にも取り上げられまくっているし…いつ寝てるんだ??ってくらい忙しい人。
なのに。わたしの前ではごく普通のその辺にいそうな。お兄さん。
華やかな世界の中で周りに踊らされることも無く普通の平衡感覚を保つのは並大抵のことではないだろう。

わたしの知ってる星野さんは…オムライスが好きで、美味しそうに食べて。音楽家。笑った時は目が無くなる。仕事する時はすごく真剣なのに、たまにいたずらっ子のような顔をする。世の女性陣がほっとくわけがない。

知り合って半年も過ぎてるのに。あまり知らない。
星野さんの作る音楽に少し触れたけども。印象は全然変わらない。
一緒にいてドキドキするよりもジワーっと暖まる感じ。

衣装合わせでスタジオに出向き、紅白とCDTVの衣装を決めた。いったん会社に戻ってさぁ帰ろうと思ったら見つからない電話。
仕方なくラジオ局のスタジオまで戻って。
また星野さんに会ってしまった。
あの後。彼の体温が心地よすぎて少し寝てしまった。
前日の夜からその日にかけて心臓は全力疾走のしすぎで限界だったのかもしれない。
寝不足もだよなぁ…星野さんのせいだけど。
ふっと目が覚めた時彼も隣で寝息を立てていた。
2人で一緒にラジオ局を出るのも変だなと思い彼を起こさずこっそり抜け出してしまった。
それから…連絡してない。


ぼーっと。
ベッドの中で天井を見上げて考える。
何してんだろ。わたし。どうなりたいんだろ。
星野さんと?そんな事考えられる?
想像つく?

今日はクリスマスイブ。恋人や一緒に過ごす人がいる人にとっては素敵な夜でしょうね。幸せにお過ごしください。

わたし?わたしにとってはただの振替休日。
月曜日だ。ただの休みな1日。
誰と過ごす訳でもない。どこに出かけたってカップルばかりだしさ。
田舎で過ごしたかったなぁ…なんて無茶な事を。

明後日には紅白の未公開リハーサルだ。そこにわたしはいなければいけない。
田舎に帰る隙もない。

星野さんは…今日もお仕事ですか?

仕事に行こうかな…部屋にいればいるだけ考えても仕方の無いことばかりグルグル考えてしまうし。
星野さんに関係することはもう考えたくない。
今日1日くらいはいいじゃないか。
紅白のこともCDTVのことも。その日1日ずっと一緒にいないといけないってことも。
忘れるくらいなにかに没頭したい。

そう思ってベッドから飛び出す。
休日なので会社自体営業してないが、裏口からは入れるので。

歯磨きして顔洗って化粧して。
さぁどれ着ようかな…浮ついた気分ではないので…
真っ黒な着物にした。銀糸でところどころ織り込まれた水玉がキラッと光る。帯は…白に雪の結晶。帯揚は白。帯締は赤。
都会の雪女と参りましょう。
やっぱり身が引き締まる。浮ついた恋(?)心には雪女が吹雪をかけて凍らせておく。

外に出た。そろそろお昼時なのに気温が上がらない。
雪女には関係ない。(コート着てますから)
会社への道をひたすら歩く。
昼間だからか。イルミネーションでキラキラするはずの街路樹は葉っぱが落ちてるせいで黒光りしている。
まるで…ホラー映画。スリーピーホロウみたいだ。

さぁ雪女が通りますよぉ?雪を降らせますよぉ?
ホワイトクリスマスなんてなまっちょろいもんじゃなく。ブリザードでいいじゃないか。

そんな事を思いながらサクサクと歩き、無事に到着。
裏口から警備員さんに挨拶をして中に入る。


「あれ?かおるちゃん!仕事?」

うん。ちょっとね。

「クリスマスだってのに…大変だね!」

お互いにねー


そう言ってエレベーターに乗り込んだ。
わたしのデスクは2階にある。

そうだ。来年の夏に発表の秋冬物のデザインを考えよう。
ここに来れば何かしらすることはあるだろうと思っていた。
よし。白い紙に向かって鉛筆を走らせる。


気づいたら…着物のひな型には大小様々な星を描いていた。
地色は濃紺。藍染にしてもらうのもいいな。
星は星座を少しわからない程度に配置してみる。
袖のとこ。裾周り。

星…えー。星?

ふふっ。もー。

笑うしかなかった。
なにやってんだろ。考えないようにしたくて夢中になれることを求めて雪女の変装までして来たのに。
夢中で頭の中のデザインを形に起こしたらこれ?

星。星。星。

そっか。会いたいんだね。星野さんに。
わたしの事を好きだとストレートに言ってくれたあの人に。
わたしは答えを出してない狡い雪女だけど。
あの夜のソファで味わってしまった体温と包まれた優しさに。
雪女の鉄壁の心を半年かけてジワジワ溶かしたあの人に。

この道に入ってからずっと仕事一筋でやってきた。
仕事が恋人。四六時中その事しか考えてなかった。
それが半年前からジワジワとほんとにゆっくりと。
知らない間に少しずつ溶かされてたのかもしれない。
会った回数は少ないのに。会った回数だけ溶かされて。

笑えると同時に泣けてきた。
星野さんが溶かしきれてなかった氷はあと少しだけ残っている。
恋煩いで死んでしまうようなうら若き乙女ではもうないんだから。
ましてや相手はあのホシノゲン。
気づかれないように。ひっそり息を潜めておくしかない。

この仕事が終わったら。
どうなるかな…2人を繋ぐ接点はまたオムライスしか無くなる。
そのままつかの間の夢扱いにしてもいいのかもしれない。
長い人生の中で一番甘い時間をくれた人として。
たまに思い出の引き出しを覗くようにしとくのが一番いいのかも。
わたし達は本来決して交わることのなかった線。
雨とオムライスが手引きをして運命を狂わせた。


このデザインはボツだな。
捨てましょう。色々なもやもやと共に。


思い切ってビリビリと破りくるくる丸めて遠くの(上司の)机の横のゴミ箱に投げる。

帰ろ。もーここにも居たくない。
かと言ってどこか行くあてがある訳でもない。
東京は広すぎて。わたしみたいな小さな存在は埋もれるんです。
雪女だって埋もれてしまうんです。


結局。
いつものあの喫茶店の前まで来ていた。
帰巣本能?
ここに来ても…今は会いたいけど会いたくないあの人に会ってしまうかもしれないのに。

ぐー。

お腹空いたよね。
どうゆう形であれオムライスの事考えたら来ちゃうよね…

ヤケクソで重たいドアを開ける。

カランカラーん


「いらっしゃいませ」

マスター。こんばんは。

「かおるちゃん。こんばんは。」

クリスマスなのに開けてるんですね。

「クリスマスからはぐれた仔羊が寄れるようにね」

ふふっ。

「好きなとこ座って?コーヒーね?」

ありがとうございます。

「かおるちゃん。雪女みたいね」


コーヒーを持ってきてくれたマスターが言った。
コートを脱いでハンガーにかけて振り返る。


いいでしょ?クリスマスに雪女。

「恋人達の邪魔をしに?」

そんなめんどくさいことはしませーん。

「ははは。そりゃそうだね」


ふわふわ湯気を燻らすコーヒーが置かれる。


「ゆっくりしてって?」

ありがとう。マスター。
あ。マスターも一緒に飲みませんか?
コーヒー。雪女が奢りますよ?

「まさかアイスコーヒーじゃないよね?」

ふふっ。まさか。

「ならお言葉に甘えようかな?」


マスターもコーヒーを入れてきた。
わたしの真向かいにゆっくり腰を降ろす。


「で。なにかあったの?星野くんと。」


マスターがゆっくり問いかけてきた。


え?いや…

「かおるちゃん。綺麗になったもんね。半年前から比べると。」

え?そうですか?

「うん。だからいい恋してるんだろうなって見てた。」

最近ですけどね…それに気づいちゃったの。

「そうだろうね」

星野さんは…どうしたいんでしょうね…

「さぁねぇ…」


店内には静かにクリスマスソングのジャズアレンジがかかっている。
カウンターの端っこに小さなクリスマスツリー。
さり気ない程度がちょうどいい。


「多分ね。星野くんは初めてかおるちゃんに会った時から好きだったと思うよ。」

え?

「なんだろうね。なんかすごい心惹かれたんじゃない?」

なんで…

「さぁねぇ…でもなんとなく。」

男のカン。ですか?

「そんなものがあるならね」


それを知ったからと言って。
どうにかなるものでは無い。でもちょっとだけ。
嬉しい気持ちもあった。


この前ここで。
星野さんわたしのことを好きだと言ってくれました。
マスター聞こえてたでしょ?
わたしはそれに答えてません。自分でも狡いなと思いながら。でも答えたら何かが終わる気もして。
今回のこの仕事だって星野さんが言い出さなかったらありえなかったわけだし。
わたしも好きなんだとは思うんです。
でもそれを認めてしまっても先が無いこともわかる。
だったらこのまま答えずにいた方がいいのかもしれない。

「…そうかもねぇ。でも彼はさ。星野くんはかおるちゃんの気持ちちゃんとわかってるんじゃないかな。
自分の立場もあるし。軽はずみな事はしないと思うよ?」

たまに…わからなくなりますね。
星野さんなのか。ホシノゲンなのか。

「同じ人物なのにね。
少なくともここにくる星野くんは。舞台を降りて来てるとは思うけどね。」


ぐー。


「やっと鳴ったね。腹の虫」

あ。そう言えば朝もお昼も食べてませんでした。

「オムライス?」

お願いします。

「すぐに」

ありがとう。


マスターがカウンターに戻って行った。
窓の外を見た。
あー。ほんとに雪が降ってきちゃってる。
雪女的には降らせたくなかったなぁ…
世の恋人達の背中を後押ししてしまってる感じがする。
まぁいっか。
雪女もたまには休憩します。

オムライスが来る前にトイレに行こうと思い席をたった。

カランカラーん。

迷える仔羊がまた一匹入ってきたらしい。
手を洗って外に出た。


あ。
あーあ。


「かおるさん…」

星野さん。こんばんは。

「1人ですか?」

1人ですよ?

「クリスマスなのに?」

そのお言葉そっくりお返しします。

「あ。そっか。ふはは。」

星野さんこそ。1人ですか?

「ここには。1人でしか来ません。」

隠れ家的な?

「そう。誰にも知られたくないとこ。」


そう言って優しく笑った。
星野さん…わたしもあなたが好きですよ?
言葉では言いませんけどね。


先日は…先に帰ってしまってごめんなさい。

「気づいたら寝ちゃってましたね。お互いに。
でも起きたらかおるさんいなかったから。ちょっとショックでした。」

そうですよね。
ごめんなさい。でもあのまま2人で出るのもおかしいかなと思ったんです。

「そうだったんですね」

すみません。


ぎこちない会話が途切れた。
沈黙が今は辛い。


「連絡くらい。してくれてもよかったのに。」


ぼそっと呟く星野さん。


お互いに。ですね?


あれからLINEも電話もお互いしなかった。
どうせ1週間もしないうちに嫌でも仕事するんだ。
連絡したところで…世間の恋人達みたいな事ができる訳でもない。


「すみません…」

ふふっ。わたしも。ごめんなさい。


お互い顔を見合わせて笑った。


「会いたかった。」


あ。今のでまた心の氷が溶けた。
もうほとんど残ってない。
恋心を取り戻しかけてる雪女。


わたしもです。
ダメですね。ついこの前なのに。

「マスターいなかったら抱きしめてるのに!」


マスターがカウンターの奥で笑っている。


「星野くんも。オムライス?」

「お願いしまーす!腹へった。」

「はいよ」


笑いを噛み殺しながらカウンターの奥へと消えていく。


「今日は仕事だったんですか?かおるさん。」

今日は振替休日なので本当は休み。

「え。じゃなんで?」

クリスマスイブだからって。することがある訳じゃないから。仕事しようと思って。

「仕事人間だなぁーっ」

人のこと言えないでしょ?
星野さんは?

「仕事でした!(笑)」

ほらね?(笑)


たわいもない会話。
そんなことで笑い合えるのが幸せだったりする。
この人のそばにいれたら…
…やめよう。先の見えない未来に思いを馳せるのは。
今この瞬間この時間を共有出来ること自体が奇跡だったりするんだから。


「お待たせしました」


マスターがオムライスを2つ運んで来てくれた。


「ありがとうマスター。メリークリスマス」

「今夜は奢りね。」

迷える仔羊達に…??

「そう言うこと。」


マスターはニコッと笑ってまたカウンターに戻って行った。


「迷える仔羊って?」

ふふっマスターとわたしの秘密です。

「けしからんですね(笑)」

お腹ペコペコ。食べましょう!
いただきます。

「いただきます!」


ふわふわのオムライス。
その向こうに見えるのはくせ毛で瓶底メガネで食べ方の綺麗な星野さん。
たまに目が合うと食べながらニコニコしてくれて。
雪女は…もう心の凍らせ方を忘れそうです。


次はいよいよNHKホールですね。

「初めてですか?」

もちろん。全く入ったこともないです。

「大丈夫です。ボクがいるから。」

安心材料なのか不安要素なのか。

「え?」

星野さんがいてくれるから安心と思うわたしと。
ホシノゲンさんのお手伝いだから不安なのと。

「うーん。それは難しい。どっちもボクだから。」

そうですね。
でもここまで来たらもうあとはやるしかないですから。
頑張りますね!

「心強いです。」

「そう言えば。今日仕事は何してたんですか?」

え?
えっと…来年の夏に来年の秋冬物を発表するんですけど、そのデザインを考えてました。

「ふーん。いいの出来ました?」

それが…気づいたら星だらけになってました…

「ふははっ好きですもんね!」


よかった。そこに深い意味を見出さなくて。
内心ホッとする。


「そのデザインどうするんですか?」

出来たデザインを会議にかけて選ばれたら京都の染職人さんにお願いします。
こっちではひな型って言って着物を広げた形のものに色鉛筆とかでデザインするんですけどね。
今日描いたのは濃紺の地色に大小いろんな星を散りばめて。ポイントになるところにわかるようなわからないような星座の配列にしてみたり。それを一度小さな着物の形にして人形に着せてみたりして。
…でもボツにしました。

「そんなもったいない!」

いいんです。ちょっと…キラキラ眩しかったので。


星は…間近で見ると眩しいんです。
近すぎるとその大きさに圧倒されて周りが見えなくなるから。眩しさに目がやられて何もわからなくなるから。
何百億光年離れて見るからちょうどいいもの。
キラキラしてるな。綺麗だなと思えるもの。


「今日の着物、好きです。」

え?これ?

「黒い着物に白い帯、差し色に赤が聞いてて。シンプルなのにすごい洗練されてる。」

テーマは雪女ですけどね

「なにそれ(笑)」

クリスマスなんてくそくらえ!と思って(笑)

「ふははっなるほど」

よかった。今日ここに来て。星野さんに会えて。

「ボクもです。」

もうわたし行きますね?

「え?」

雪も降ってるし。雪女は雪山に帰らないと。
帰れなくなりますから。


もうこれ以上。
溶かされるわけにはいかないんです。
あなたのそばにいると。
せっかく気負って雪女に化けてきたのに。
どんどん溶かされてただの女に戻ってしまう。
それくらい惹かれてるんです。
でもこれ以上踏み込みたくないのも本音。
終わりの始まりが始まってしまうなら。
最初から始めなければいい。


「送ります。いや、送らせてください」

ダメです。風邪引きます。
また明後日。ね?今夜はここで。おやすみなさい。


お願い。もうそんな目で見ないで。
これ以上揺さぶらないで。

星野さんに二言目を言わせないままコートを羽織り、マスターに声をかけて店の外に出た。
雪はさらに強さを増している。
明日の朝には積もっているだろうか。
最悪の別れ方よね。全部わたしの勝手な都合。
さっきまで楽しくて仕方なかったのに。
このままずっと一緒にいたいと一瞬でも思ってしまったのがいけなかった。
先の見えない暗闇に雪が舞い降りて足元がふわふわする。

ちゃんと。仕事はちゃんとしますからね。

雪が降るのもお構い無しで歩き出す。

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