妄想劇場 16

(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)






衣装合わせ the other side


さっむ。
目を開けたけど。寒すぎて布団から出たくない。
部屋が冷蔵庫みたいに冷えている。
吐く息が白い。まるで昨日の夜みたいだ。

昨日の夜…
かおるさんと夜のショートデート。
イルミネーションも綺麗だった。
それを見上げて「綺麗だなぁ」って言う横顔にドキドキした。
手も繋いだ事なかったのに、いきなりダウンジャケットに突っ込んでしまった。
その時のかおるさんのビックリと嬉しさが混在した顔にもドキドキした。
高校生かっ!ってツッコミを入れたくなるくらい甘ったるい時間。
でもかおるさんは大人だったな。
その場の雰囲気に流されず。振り返ることなくまっすぐ歩いて行く後ろ姿はかっこよくて。

あー。オレもそれくらいかっこよくありたいと思ってまっすぐ帰った。
それから。
部屋に戻って寝支度はしたけどそこは男の子なんです。
興奮冷めやらぬ感じで寝れないんです。
結局遅くまで(流石に夜明けまではしなかった)ゲームの世界に行ってた。
「ロード中…」って間はずっと彼女の横顔の映像が脳内再生されてました。BGM付きで。

今日も朝から会えるんだ!と思ったらいても立ってもいられなくなり、ベッドから足を出した。
床が冷たいよぉ…とつま先立ちで抜き足差し足忍び足で風呂場まで行き寝癖直しのシャワーに入った。


「おはようございます」

石田くん。おはよー。

「昨日はありがとうございました。おかげで子供とお風呂に入れましたよ」

そっかー。よかったね。


ニコニコご機嫌石田くん。
良かった良かった。オレもいい事出来たなと朝からいい気持ちになれた。


「今日は衣装合わせですね。打ち合わせ通りに行けそうですか?」

大丈夫だよ。オレが見込んだ人にお願いしてんだから。

「そうですか…」


石田くんが不安そうだ。
まぁね。かおるさんに会った事がある訳じゃないし。
仕事に関してはあの人はくっそ真面目だろうから心配はしていない。
ただ。昨日の今日だもんな。
かおるさんがちゃんと話してくれるか…そっちが不安。


集合時間前には到着し、機材の搬入に立ち会った。
いつもならラジオ番組で来るビル。
地下のスタジオを使わせてもらうのは久しぶりだ。
スタジオの音響周りのチェックをしながら時計を見る。
もうそろそろかおるさんも来るだろうな。


「星野さん、車にギター忘れてませんか?」

あれ。そうかも。キーどこ?取ってくるよ。


石田くんに車のキーを渡されエレベーターまで歩く。

ピンポーン

ちょうどエレベーターが到着した。
ガコンと音がして重たいドアが左右に開く。
そこには会いたい人の顔が…


あ!かおるさん!おはようございます!

「星野さん…おはようございます。」


びっくりした。エレベーターのドアが重たそうに開いた瞬間に見えたのは青白い顔のかおるさん。目の下にはでっかいクマを携えている。それを誤魔化そうしてるのか鮮やかな赤の着物。元々色白なのがさらに白く見えて…艶かしい。
てか。大丈夫か??


すごい荷物ですね!手伝いますか?

「いやいや。わたし達でやりますので。
どこへ行けばいいですか?」

石田くーん!ごめん!案内お願いしまーす!


石田くんを呼んだ。


ボクのマネージャーの石田くんです。

「石田です。よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」

「では、こちらへ」

かおるさん!また後で!


彼女の顔色の悪さが気になったがとりあえず今は平静を装うしかない。人目もある。オレはエレベーターに乗って地上へ向かった。
かおるさん…寝れなかったのかな。
だとしたらかなり申し訳ないことをしてしまったのかもしれない。
オレにとってはいつものリハーサル。
彼女にとっては初めての大仕事。
そんな大事な日の前日に…軽はずみな事をやらかしてしまったのかもしれない。

悶々と考えながらギターを取りに行き、悶々としながらまたエレベーターで地下に潜った。

スタジオが昨日と違うので音響も少し変わる。
音合わせからはじめて、楽器の調子を見る。
とにかく朝が寒かったから楽器達が暖まっていい音を出すようになるまで少し時間がかかる。
その間ポロンポロンとギターを爪弾くのが好きだったりする。

そのうちバンドメンバーも続々と集まってきた。


「おはよー。源ちゃん」

おはよー。亮ちゃん。

「なんかいいの出来たー?」

今朝は音楽の神様もまだ寒くて布団の中みたいよ?


たわいもない会話をして笑う。


「今日衣装合わせるんでしょ?かおるさん?だっけ?来てんの?」

よっく覚えてんね。もう来てるよ。さっき会った。

「着物久しぶりだなー。楽しみー。」


亮ちゃんがご機嫌だ。
よかった。

全員揃ったのでひと通りの音合わせを始めた。
楽器達も寒かった割にはすぐいい音を出してくれるようになった。
とりあえずイントロを全員で合わせる。
いい感じ。

気づけば音合わせを始めてから1時間経っていた。
少し休憩してから衣装見に行く?ってことになり、みんながコーヒーやらお茶やらを取りに動き出す。

オレは一足先に控え室へ行ってみることにした。
3番控え室のドアには白い紙で「男性」と書いてある。
とりあえず…ノックしてみる?
返事がないので入ってみた。
顔の無い人形がそれぞれ思い思いの着物姿。
男性用の着物だから割と渋めの色合いばかりだけど、街でたまに見かける着物男子のそれよりも洗練されている。だけどどこか懐かしい感じを思わせるコーディネート。


ふわー。すっげ。


思わず声が出た。


「どれにしますか?星野さん。」


聞きなれた優しい声がした。
振り返ると…相変わらず青白いかおるさんがいた。


あ、かおるさん。凄いですね!こんなに用意してもらって…ありがとうございます!

「頑張りました。隣の控え室にいるもう1人とあーでもないこーでもないって言いながら。」

オレ。これがいいかな?どう思います?


オレが目星を付けたのはタートルネックを着て濃い目のグレーの着流しにモスグリーンの袴を履いている。


「いいと思いますよ。星野さんに似合いそうだなと思って合わせましたから。選んで貰えて嬉しいです。」

かおるさんのコーディネートですか?


かおるさんが微笑んで頷いた。


着てみてもいいですか?

「もちろんです。ではタートルネックとステテコをお渡ししますので、そちらで着替えてくださいね。」

はーい

「足袋も履いてください。」

はーい


一番近くのフィッティングルームに入り早速着替えを始めた。
シャツを脱ぎながら小声で話しかけた。


かおるさん。大丈夫ですか?

「はい?なんでですか?」


かおるさんも小声で返事をしてくれた。
何となくノリが合うのが嬉しい。
けど、今はそうじゃなくて。


いや、さっき。エレベーターで会った時すげー顔色悪かったから

「大丈夫ですよ。ちょっと…寝不足なだけです。」

もしかして…


と言いかけた時にドアが開く音がした。


「他のメンバーさんもお願いしまーす」

「はい。かしこまりました。」

「ギターの長岡亮介さんと、ベースの伊賀航さん、ドラムの伊藤大地さん、バイオリンの伊能修さん、キーボードの櫻田泰啓さんです。」

「よろしくお願いします。」

「あなたが。かおるさん。」


亮ちゃんが早速話しかけてる。
もー手が早いんだから。ステテコを履きながら耳をそばだてる。


「そうです。はじめまして。」

「赤い着物いいですね。よろしくお願いします。」

「ありがとうございます。
早速ですが、今星野さんが着替えてますので、皆さんはどれにするか見てもらえますか?」


隣の控え室でも可愛いーとかきれいーとか声が聞こえ始めた。


「僕はこれかな?」


あ。亮ちゃん早速選んだ。
どれにしたんだろう。足袋の金具を留めながらソワソワしてしまう。


「ではこちらに着替えてくださいね」

「はーい」


オレのフィッティングルームの隣に亮ちゃんが入ってきた。ちょうど着替え終わったから入れ替わりに出る。


終わりましたー。

「ふふっ。」

なんで笑うんですか?(笑)

「ごめんなさい。なかなかそんな格好のホシノゲンを見ることは出来ないだろうなと思って…」


そりゃそうでしょ。黒の薄手のタートルネックに白いステテコ履いて足元は黒い足袋。
こんな格好は芝居で舞台に立つ時ですらしたことは無い。ほぼ裸なら…あったな。


「確かにね(笑)」


次は伊賀さん、その後にさくちゃん、大地くん…とそれぞれ着たいコーディネートを選び順番にフィッティングルームにはいっていく。

かおるさんは出てきた順番に着物を着せ、帯を結び、袴を履かせる。
着物姿の女の人に着物を着せて貰うのは初体験で…
やばい!エロい!!と心の中で大興奮してしまった。
帯を結んでくれてる時は膝まづいている。うなじが見えそうで見えないっ!


ふはは。かっこいい!


控え室の大きな鏡に映った自分はまるでタイムスリップしたかのような出で立ち。思わずはしゃいでしまう。


「よくお似合いです」

ありがとう。


亮ちゃんはもロングコートでなんかちょいワル。
伊賀さんは着流しに羽織で波平さんスタイル。
大地くんはちょっと学生風にと学生帽を被っている。
修くんは明るめの茶色の着流しにグレーの袴。
さくちゃんは渋めの赤の着物に黒の袴。
なんかみんなめっちゃよくない??
ってお互いを見て笑ったり褒めあったりしてる。


「ちょっとわたしは隣の様子を見てきますね。」


そう言ってかおるさんが控え室から出た。


「源ちゃん。かおるさんっていい女だねぇ」

でしょ?

「着物姿の女の人に着物を着せて貰うのがあんなにもドキドキするもんかとびっくりしたよ」

オレも。エロいよね。

「エッロいね~(笑)」


さすが亮ちゃん。わかってんね。
2人でニマニマした。


「星野さーん。準備出来ましたか?」


石田くんがドア越しに声をかけてきた。


準備OKよー。行きまーす。


ぞろぞろとタイムスリップした隊列がスタジオに向かう。オレ達の後に石田くんが女性陣の控え室にも声をかけに行ったから後から来るんだろう。

とりあえずマリンバの前にたつ。
今年はこれを叩きたくてあの曲を作った。
日本のど真ん中でマリンバを叩きたくてってラジオで言ったことがある。
それをいよいよ本当にやることになるんだ。

女性陣が入ってきた。2人ともかわいいー。
ザ!大正ロマンな感じが出てて場が華やぐ。
その後に。かおるさんともう1人も入ってきた。
目が合う。嬉しくてニコニコしてしまった。


少し音合わせをし、大地くんがカウントを取る。
マリンバを叩きながら袖が邪魔だな…と思った。
イントロが終わり歌に入る。
サビが気持ちいいんですよぉ。と思いながら歌う。

ふと視界の端っこにかおるさんが映った。
目がキラキラしてる?あれ?泣いてんの?
演奏が終わる。

数人のギャラリーから(ってもかおるさんともう1人の事務服の女の子と石田くん)拍手が起こる。
あれ?事務服の子がかおるさんの方を向いて何か喋ってる。
ちょっと笑いながら…泣きながら、ごめんって仕草と共にスタジオからスルッと抜け出て行った。


ごめん!オレトイレ行ってくる!

「源ちゃん。身体的サプライズ??(笑)」


亮ちゃんに言われて周りも笑い出した。
まぁね。
と言ってスタジオをかけ出る。

一番近くの女子トイレの中を覗いて見た。
かおるさんが鏡とにらめっこをしている。


かおるさん?


中に入って声をかけた。
びっくりした顔で振り向く彼女。


「え。ここ女子トイレですよ?」

急に泣き出して急に出てかれたら気になりますよ。

「ああ。ごめんなさい。
演奏の迫力に感動しちゃいました。
すごい人のお仕事手伝ってるんだなって改めて実感しちゃって。」

なんだ…よかった…

「戻りましょ。いろいろ確認しなきゃ。」


そう言って彼女はさっきまでの仕事のできる女の顔に戻って歩き始めた。


かおるさんは強いですね。


後を追いかける。


「強くなんかないですよ。仕事は仕事。
そこはちゃんとしないとと思ってるだけです。」

そーゆーとこも好きですよ。


かおるさんを抜き去りながら小声で囁いて行く。


「ちょっと。ここではっ!」

しー。


ふりかえって人差し指を口に当てて笑った。
さすがにね。オレだってわきまえてます。


スタジオに戻ると事務服の女の子がバンドメンバーと話をしていた。演奏に支障がないかどうか確認している。
そういえばマリンバを叩く時に袖がもたついてちょっと邪魔だな…と言おうと思ったらかおるさんが黒い腰紐を出してたすき掛けをしてくれた。
気づかれていたらしい。
細かい所まで見てることに感心した。


「では、ここで少し休憩でーす。」


スタッフが叫んだ。
みんないつもと違う格好で演奏してても全然大丈夫そうでよかったー。
思わず言葉に出た。
バイオリンとかチェロを着物で演奏ってあまり見たことないし。
みんなでも口々に面白いとか楽しいとか言ってくれて。この判断に間違いがなかったとちょっとホッとした。
コーヒーを飲みながら次は何を着せてもらえるんだろうとワクワクした。

控え室に行くとかおるさんが忙しそうに次の衣装の準備をしている。
オレたちはまた1人ずつフィッティングルームにトコロテンの用に押し出し方式で着替えて行った。
男性は黒紋付にグレーの袴。
女性は黒紋付に赤い重ね衿を入れて赤い袴。
オレだけはちょっとラメの入った白い紋付にグレーの袴で黒い腰紐でたすき掛け。
傍から見ると書道家みたいだ。
さっきのレトロな感じからだいぶ雰囲気が違う。
みんなビシッとかっこいいね。
黒は引き締まる。お正月らしい少し厳かな空気が勝手に漂う。
バンドメンバーの顔も心なしか緊張感が少し混じってるように見えてくる。実際は楽しそうにワイワイしてるけど。

衣装合わせが終わる。
紅白歌合戦とその後のCDTVの勝負服が決まった。
オレたちはまた1人ずつトコロテンになって今度は脱いで行く。
それをかおるさんは1人ずつのをきちんとたたんでまとめていく。
手際の良さに感心していた。

全員が朝スタジオに来た時の格好に戻った。
タイムスリップ旅行から現代に帰ってきたみたい。
ドラえもんがいなくても時間旅行って出来んのね。
そんな事を笑いながらスタジオに戻る。

あー。かおるさんとほとんど話ができてない…けど仕方ない。

もう少しリハして微調整して行かないと。
今度は洋服でひと通り合わせていく。
さっきとは違ってちょっとずつアレンジを加えていく。
細かい所を口頭で伝えてそれを表現してもらう。
めんどくさいけど、やらなきゃ納得出来ない。
そんな性分。
毎回同じ演奏じゃ面白くない。同じ楽曲でも毎回鮮度が欲しい。わかるようなわからないような微調整。
文句も言わず付いてきてくれるバンドメンバー。
時間も忘れて進めていく。


あれ。かおるさん。
石田くんとスタジオの外に出ていった。
もー帰るのかな。
挨拶したいけど今は無理だ。抜けられない。
納得行くまでアレンジを加えたり減らしたりして。
最終形態をもう一度演奏する。それを録音したものを全員で聞いて。
満場一致で終了。


「お疲れさま!!」

お疲れさまでした。みなさんほんとにありがとう!
次はいよいよ紅白のリハなんで、また今年最後と来年一発目とよろしくお願いします!


深々と頭を下げた。
この素晴らしいバンドメンバーに頭が上がらない。
いつもいつもオレのワガママに付き合わせてしまっている。


「よろしくー。」

「よろしくお願いします」


みんなが口々に応えてくれた。
時刻は4時半。
今日は割と早く終わったな。
みんな楽器を収めたり片付けに入る。
控え室に戻って帰り支度をし、1人、また1人と帰って行った。
音響機材の片付けのスタッフさんがまだ残っているスタジオで談笑しながら使い方を細かく聞いたりして作業を手伝う。


「ありがとうございました。おかげで早く終わりました。もうあとは運ぶだけなんで。」

こちらこそ。貴重な話聞かせてくれてありがとうございました。
お疲れさまでしたー。


別に手伝わなくったっていい。
そのまま控え室に戻って荷物まとめて帰ってもいい。
でもバンドメンバーもだけどスタッフ1人ひとりがオレのチームだから。それにいつもなら聞けない事を聞けたりするチャンスだし。
手伝いながらそんな話を聞き出せるならめっけもんだと思ってなんだかんだいてしまう。
ただ、片付けも慣れてるスタッフ。手際が良すぎてあっという間に終わってしまった。


「星野さん?」

あ。石田くん。お疲れさまー。

「お疲れさまでした。」

今日このあとなんかあったっけ?

「いえ。今日もこれで終わりですよ。」

そっか。オレ、ちょっと寺ちゃんと話して帰るからさ、石田くん先に帰ってもいいよ?

「え。」

いいじゃん。たまには2日続いたって(笑)
奥さんも喜ぶでしょ?

「ありがとうございます。」

はーい。じゃ。

「あ。さっき。」

ん?なに?

「かおるさんが帰られる前に挨拶に来られました。」

見てたよ。

「これからも星野さんをよろしくお願いしますって。
伝えました。」

なぁにそれ。

「星野さん…信用してますからね?」


石田くんがニヤリと笑う。
こいつめ。

石田くんも帰ってオレは控え室に戻った。
もうすぐ放送作家の寺ちゃんが降りてくる。
その前に。かおるさんに電話しておこう。

ん?どこで鳴ってんの?
控え室の中で電子音が鳴り響いている。
あれ?オレ今かけてるよね?

どこだどこだと探し当てた。
フィッティングルームの片隅に電子音の正体。
着信「星野源」と主張するスマホがいた。

あーぁ。かおるさん忘れてら。
取りに戻ってくるかなぁ…
いや、多分あのかおるさんだ。絶対来る。
そう踏んで。待つことにした。

寺ちゃんとは次のラジオの打ち合わせと紅白の前口上の話をした。


「まだ残ってるんですか?星野さん」

もう少しね。ちょっと。約束。

「そうですか。じゃ、もう少し控え室使わせといて欲しいって申請しときますね」

そっか。ごめん!お願いします。

「かしこまりました。」

寺ちゃーん。いつになったらその他人行儀やめんの?


って言いながら男2人で笑い合う。
また1人になってからはギターを片手に何となく生まれては消えていくフレーズを音にしてみる。
何となく録音しといて後から聞き直してみたり。
そのまま消してみたり。
鼻歌を交えてみたりして音と戯れる。


コンコン。

ノックの音がした。ギターに夢中で足音にも気づかなかった。


どーぞー。

「失礼します。」

かおるさん。お疲れ様でした。


いや。来るのわかってて待ってましたけどね?
それにしても。今朝の青白さに輪をかけて青白くなった顔色。寒かったんだろうな。
少し息が上がってる。歩いてきた??


「星野さん…」

どうしたんですか?

「電話を。忘れてしまって。」

ですよね。ボクがさっきかけたらここで音が聞こえたんですよ。きっと取りに来るだろうなと思って待ってました。

「他の皆さんは?」

もう帰りましたよ。

「石田さんも?」

石田くんも


やばい…って顔してる。
そんな顔させるために待ってたわけじゃない。
ちゃんと伝えたい事を伝えたくて待ってたんだから。


そんな顔しないでください(笑)何もしませんよ

「わたしはどんな顔をしてましたか…」

オオカミを前にした…子ウサギみたいな?

「ふふっ。そんな怯えてます?」

少しだけ。

「さっき帰りがけに石田さんに言われました。
これからも星野さんをよろしくって。」

ボクもそれ言われました。

「どうゆう意味でしょうね…?」

さぁ…さて。帰りましょう。眠たいんでしょ?

「眠たいです。
なんならもうここで寝れます。」

そんだけ濃いクマ作ってるんだもん。
びっくりしました。

「誰の!
誰のせいだと…」


少し声が大きくなって顔が赤くなった。


ふはは。ですよね…すみません。

「ごめんなさい。」

今日はありがとうございました。
それを伝えたかった。途中で帰ったの知ってたけど、抜けられなかったから。

「あれで…大丈夫ですか?」

文句無しですよ!ほんとにかおるさんを指名して間違いなかった!と心から思ってます。

「よかった。それを聞いて。
安心しました。」


そう言って一瞬ふわっと浮いたかのように見えたと思ったら…突然膝から崩れ落ちた。


ちょ!かおるさん!?

「ふふっ。すみません。
星野さんにそう言われてなんだか緊張の糸が少し緩んじゃったみたいです。」

立てますか?

「おかしいんですよ?脚に力が入らないの。」


めちゃくちゃ緊張してたんじゃん。
全然そんな風に見えなかったけど。やっぱり凄い人だよ。かおるさん。気づけなくてごめん。
ちゃんと見てたつもりだったのに。普段と違うことしてはしゃぎすぎてしまった。

彼女の背中と膝の裏に腕を入れひょいと持ち上げたて近くのソファまで運んだ。


びっくりした。急に崩れ落ちるんだから。

「1日緊張してましたからね…
星野さんもちゃんとホシノゲンさんだったし。
バンドメンバーさんにも失礼のないようにと思ってましたし。」

亮ちゃんがね。めっちゃ褒めてました。センスがいいねぇって。CDTVの方の衣装に全員赤いの入れたでしょ?あれが気に入ったみたい。

「あー。よかった。思い付いたのはここでですけどね。」

すごい思いつきです。


彼女の思いつきで。ミオさん達にしかなかった赤い衿を男性メンバーにも入れるようにした。
チラッとだけ見える赤がちょっとだけエロくて亮ちゃんとそれで盛り上がった。


「気に入ってもらえてよかったです。」

かおるさん…そろそろ敬語やめませんか?

「え?」

もう他人行儀な感じは嫌だなぁと思って。
少しずつ慣れてけばいいんですけどね?いきなりタメ口になるのは…ボクも無理だから。


ずっと気になっていた。
ずっとなんだか他人行儀で一線を引かれてるみたいで。いきなり全部タメ口にならなくてもいい。でももう少しオレの前でくだけた姿を見たいと思った。

勢いで彼女のおでこにキスしてみた。

突然の出来事に口をパクパクしながら手でおでこを抑えて赤くなることしか出来ないかおるさん。


ふふ。ちょっと先走っちゃいました。

「な、なにを。突然…」

次は。こっち。でも全部終わるまでお預けです。


お預けは…オレ?かおるさん?
どっちがお預けをくらってるのかよくわからない。
人差し指を彼女のくちびるに当てる。
ただ。オレは次はこれが欲しいなって思った。


「星野さん…あなたは本当に心臓に悪いですね。」

そうですか?かおるさんこそ。いつものパリッとした感じじゃないですよ?今は。


そう今は。
いつもならすっと立ち上がって、帰りますよって先頭切って歩いて行っちゃうでしょ?
でも今は。ちょっと弱い所を見せてくれている。
弱ってる人を襲うような真似は致しませんからね。
オレはオオカミだけど、ヒツジの皮をかぶれるので。
今はこのふわふわの羊毛で包んであげます。
せっかく2人になれたんだ。もう少しだけ。このまま。


もう少しだけ。一緒にいませんか?

「…はい。」


小さく返事をしてくれた。
ソファでピッタリ寄り添って。肩貸しますって笑いながら言って彼女の頭を倒した。
意外と大きくて細い手を取り、握る。親指の腹がその手の甲をなぞってしまう。
しばらくしたら…規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
安心してくれてるのが嬉しかった。

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