(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)
打ち合わせ
っだーっ。疲れた。年に2回されど2回。
歳を重ねるにつれてしんどくなるこの作業。
棚卸もしんどいが、このビッグイベントのあとは…会場が広すぎなんだよ。
タタミも上げる。陳列していた商品は昨日のうちに全部ダンボールに詰めてあるからそれを商品部まで持っていく。機材の片付け、倉庫への搬入。
担当なだけにわたしが先頭切ってやらなくてはならない。
現在時刻は午後3時。
全ての作業が終了し、今日はこれで終わり。
関係者は半休扱いになるからみんな休みたい帰りたい一心で話しかけることもあまりなく黙々と割り当てられた仕事をこなし2時半には終わった。
最終確認を上司とし、年に2回のうちの1回のお祭り騒ぎが終わった。
「お疲れさん」
お疲れ様でしたー。
「もう帰っていいからな」
あー。もう1件打ち合わせが入ってるので…
「音楽番組の…か?」
はい。昨日やっと連絡が来ました。
「そうか…頼むよ。」
はい。お疲れ様でした。
上司と別れとりあえずトイレに駆け込む。
一応最低限の化粧道具を持って来てはいるが…
鏡の中の自分に見つめられながら一度顔を洗い、朝した化粧をもう一度やり直した。
…もうこれ以上は無理です。ごめんなさい。
と思いながら(わたしの化粧技術なんてしれてる)
一応リップでカサカサのくちびるに潤いを持たせてみた。
やっばい。時間!!
急がなければ。約束の時間は4時。
会社からそう遠くない喫茶店だが歩いて15分はかかる。
バタバタと荷物をまとめ、手帳を確認し、会社を出た。
カランカラーん
「いらっしゃい。今日は早いね」
マスター。こんにちは
「かおるちゃんの洋服姿は…新鮮だね。いつも。」
そうか。2回目だ。
前回は何週間か前の日曜日。あれ?あれから休んでないのか?
ありがとうございます…
展示会の準備で忙しすぎて休むのも忘れてたのね。
完全なる社畜だわ。
いつもの席に座る。
マスターがコーヒーを持ってきてくれた。
いいー香り。
鼻から抜けるコーヒーの香りに心が落ち着く。
そっか。そういや昨日の星野さんからの電話の前にここでオムライスをご褒美に食べるんだって決めてたっけ。
ぐー。
お昼まだだった…
「もうリクエストですか?(笑)」
あ、いや。はは。
恥ずかしい…とりあえずコーヒーを一口飲んだ。
時刻は4時25分。
仕事中だったら遅れてしまって申し訳ないと謝るところだが半休だ。星野さんもまだみたいだし。
ちょっとひと息つこう。
ガチャ。
「あ!かおるさん!」
え。星野さん?
どこから出てきたんだ?
ちょっと見渡すと見覚えのあるリュックがカウンターの座席のところにあった。
相変わらず薄暗いなぁ…もう。
「すみません!トイレに行ってました」
こちらこそ。遅れて申し訳ないです。
「いやいや突然でしたからね…って今日は洋服なんですね」
あ。そうなんです。
掻い摘んで展示会や片付けの事を説明した。
「なるほど。大変だったんですね。そんな日にすみません」
いやいや。逆に打ち合わせなのにこんな格好で…
「着物姿も好きですけど、洋服もいいですね。
なんか新鮮。」
マスターにも同じこと言われました。
早速ですけど…仕事の話を。
「そうでしたね。」
と言って彼はリュックの中からノートを出した。
わたしも手帳を出す。
「あ。星柄」
ん?あ。そうなんです。
昔から星柄が好きで…自然と集まってきます。
「じゃボクと出会うのも運命だったかもしれませんね。」
…何言ってるんですか。からかわないでください。
「そう…ですよね(笑)」
あ。耳が真っ赤だ。
照れてるの?星野さんが?いや、ホシノゲンが?
絶対言い慣れてるだろうセリフに?
「えーっとですね。まず年末は紅白歌合戦。それと明けてすぐのCDTVの新春番組なんです。お願いしたいの。」
は?2つ?
「そう。2つ。」
ハテナが何個か浮かぶ。無視して星野さんの頭からアイデアを引き出す。
「どっちもボクの最近のシングルカット曲を歌うんです。ほら、半年前まで朝ドラの主題歌だったんですけど…」
ごめんなさい。その時間はもう会社に…
「ふははっ早っ!」
「紅白の方はちょっとドラマ仕立てな感じで紹介されるみたいなんです。朝ドラの時代背景が割と最近なんですけど、古き良きなのも少し残ってる…って感じで。
ボク含めてバンドメンバー全員ちょっとオシャレな大正ロマンな感じにしたくて。それで着物はどうかって話になったんです。」
ちょ。っと待ってください。
星野さんだけじゃなくて、バンドメンバーの方々全員ですか?
「はい。」
予想が覆った…そもそもバンドメンバーって何人だ??
「かおるさん?」
わたしの顔がどんどん曇っていくのが見て取れたのか…星野さんが話を止めた。
あ。またわたしの顔が物語ってますか?
「ふははは。はい。だいぶ曇ってきました。」
上司にも気をつけろと言われたのに…
嫌なクセだ。
すみません…
「いえいえ。わかりやすくてボクは好きです。」
…聞こえなかったフリをした。
なんか今日はジャブを打ってくる日だ。でもそれはわたしの勝手な思い込み。わたしはただの仕事相手。
言い聞かせて気を取り直す。
耳が…熱い。
それで…バンドメンバーは何人ですか?
「まずボク。ギターの亮ちゃん。ベースの伊賀さん、ドラムの大地くん、キーボードのさくちゃん。あとバイオリンのみおさんと修くんとチェロのアヤネちゃん。」
8人?男性4女性4?ですか?
「いや、男性6女性2ですね」
全員大正ロマン風に着物ですか?
「そこなんですよ。男性は全員着物がいいと思うんだけど、女性は着物にすると仰々しくなってしまうかもなぁと思って。」
大正ロマンもいろいろありますから。
とりあえず何点か見繕ってみます。写真でいいですか?
「大丈夫です。」
仕事を増やしてる感がすごい。
「紅白が終わってからがCDTVなんですけど、こっちは普通に歌うだけなんで、お正月らしく紋付袴っぽい感じにしようかなと思ってます。」
ちょっと待って!
着替えるんですか??
「はい。だからかおるさんには年末年始。ずっと一緒に回ってもらいます。」
へ?
「ふはははっ!へっ?って顔してる」
着付けは…全員分必要ですよね?
「そうですね…時間があまり無いかもしれないので…着付け出来るスタッフは多分手配出来ると思います。」
それならわたしは必要無いのでは…
「いやいや、衣装の総責任者として。いて欲しいんです。かおるさんに。」
そんな役割あるんですか?
「ありますよ?普段はスタイリストさんだけど。今回はかおるさんです。」
右も左もわかりませんから…かえって邪魔になりますよ?
「大丈夫です。ボクが保証します。あと、ボクも付いてますから。」
安心材料なのか不安要素なのか…わからなくなってきた。
思ってた以上の大仕事になりそうだ。
とりあえず年末年始の予定を全て白紙にしなければいけないことになる。
衣装の手配。
コンセプトの理解。
CDTVの方は何とかなったとして…問題は紅白だ。
大正ロマン風…全員同じ格好にする訳にはいかない。
「めっちゃ考えてますね?」
はい。いろいろと。やることたくさんだなと思って。
「もっと早く…連絡すればよかったですね…」
ほんとです。
夜中の4時だろうと電話してくれればよかったのに。
「出てくれました?」
…着信に気づいたら掛け直しますよ…
「その時じゃボクが寝てたりするだろうな」
芸能人って…大変ですね。
「そうですね…すみません。なんか巻き込んじゃって。
でも着物着る?って話になった時に絶対かおるさんにお願いしたい!と思ったんです。」
ありがとうございます。
あ。そう言えば。初めて電話してくださった時なんでわたしに掛けたんですか?
「…え?」
今度は星野さんがへ?って顔になった。
「あの時は…えっと。あの…
お正月公開の映画のプロモーションとか、アルバムのプロモーションなんかが立て込んでしまって…休みもなくて。オムライスも食べに来れなくて。でもなんか無性に誰かの…かおるさんの。声が聞きたくなって。
かけました。」
顔が真っ赤だ。耳まで。
この人本当に主演映画なんか撮れてるんだろうか?
感情がコントロールできてない。
本当の星野源は嘘が下手なのかもしれない。
「かおるさん…顔が赤い」
え?わたしですか?誰と比べて??
星野さんも真っ赤ですよ?
2人で笑った。
笑うしか…無かった。
それからマスターにオムライスをお願いし、運ばれてくるあいだにもう少し打ち合わせをして。
ふわふわのタマゴが運ばれてきたら…
ふんわり揺れる湯気の向こうに星野さんの優しい笑顔が見えた。
食べながらたまに目が合うと照れくさそうに目を細める星野さんが可愛すぎた。
今日のオムライスは絶品だ。
「では3日以内にお願いします。」
わかりました。ラジオいってらっしゃい。
「はい。いってきます。」
ニッコリ笑って星野さんはラジオのお仕事に向かった。
はぁーっ!
なんだってのよー。もー。
「かおるちゃん。心の声漏れてるよ?」
マスター。聞いてたんでしょ?
あれ。どうゆーことですかねぇ…
「さぁね…そのまま受け取れば。いいんじゃないかな?」
そのままって…
「そのまま。」
マスターの目の奥が笑ってる。
この人わかってて言ってんな。
さすがはマスター。
まだ4回しか会ってない。出会ったのが半年前だけど。
いい人だな。こんな人のそばにいれたら…と思わないことはない。むしろ考えたことはある。
でも相手は芸能人だし。わたしはただの一般人。
2人ともオムライスが好きってこと以外に何も共通項はない。これから知っていけるんだろうか…
ホシノゲンはよく知らない。でも星野源もよく知らない。わたしがここで会って喋ったのは。どっちなんだろう。
日々の嫉み
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