妄想劇場 5

(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)


電話



季節は移り変わり…来年の夏の新作発表に向けどんどん準備が進む。
わたしのデザインが何点か採用されまた京都まで長期の出張に出たり、会議や、研修…目まぐるしい。
呉服業界ってこんなに忙しいんだろうか…
小売を経験してからメーカーに転職した。
かなり思い切った決断だった。
実家から遠く遠く離れた東京に一人暮らし。
さみしいとかそんなのは感じる暇がない。
職場でも一人暮らしの部屋でも仕事の事を考えている。

先に進めることはたくさんある。
売る方から作る方へ。

仕事は楽しい。いろんな人との出会いがあり、繋がりが出来た。地方の呉服店で販売員をずっとしていても経験出来ない事が、覚える事が鬼のようにある。
毎日着物を着て出社する。最初は不思議がられた。
着物を作っている側なのに。
しんどくない?動きにくくない?
わたしは好きで着てるんだ。ある意味戦闘服。
そんな意地張りが功を奏して今では着物を着てるのが当たり前になった。

だから…休みの日はちょっと洋服を見に行ってみる。
考えてる事は最近の洋服の色使いを着物に取り入れれないかとかそんなことばかり。
日本の中心で見る洋服は(着物もだけど)最先端で目新しい。移りゆきも激しい。
流行りに流されないように…シレッと乗るのが難しいさじ加減。
乗りすぎると遅れるし、先取りすると外れたり。

そんな休日を過ごしてあの喫茶店へ早めの夕食を食べに向かった。
今日は日曜日。
どこも人が多い。

ちょっと肌寒くなって来たな…
羽織出さなきゃ。

そんなことを考えながら相変わらず重たい扉を開けた。

カランカラーん

「あれ?かおるちゃん?」

いつもならマスターの穏やかないらっしゃいが聴けるはずなのに。
今日はちょっと上ずっている。

こんばんは。マスター。

「洋服も着るんだね」

たまには…洋服の着方忘れないように。

ここに来るのは仕事帰りが多い。
だから自ずと着物になるが、今日は久しぶりの完全OFFだ。
半年ぶりくらいに着物じゃないものを着てみた。

「コーヒーでいいかな?」

はい。ありがとうございます。

星野さんとは何度かLINEでやり取りをした。
オムライスをいつ食べに行くか…お互いの予定がなかなか合わず(合わせようとすると合わないもんですねと笑ってた)また3ヶ月くらい顔を見ていない。

それすらも忘れるくらい…忙しい毎日。
火曜日深夜のラジオを聞こうと頑張って起きてはみるものの気づいたら朝だったなんて毎度すぎて最近は試みてもいない。

元気かな…星野さん。

ポロッと出た。

「それこの前言ってたよ。本人も」

マスターがコーヒーを運んで来ながら教えてくれた。

「疲れた顔はしてたけどね。元気そうだったよ。」

そうですか…それはよかった。

星野源とホシノゲン。
同一人物だと言うことを最近知った。
たまたま付けてたテレビに彼の顔が映ったからだ。
来年の正月公開の主演映画の宣伝に走り回っているらしい。

まさか芸能人とお知り合いになれるとは思ってもなかった。
それも結構売れっ子で。それで外に出る時にマスクしてたんだな…と納得した。
蒸し暑い中メガネにマスクなんて…何予防なんだ??と後から思ったから。

マスター、オムライスお願いします。

「はーい」

そう言ってマスターはカウンターの奥へ消える。

窓の外を見ても今日は雨は降ってない。
今日は星野さんには会えないだろうな。

わたしは…何を考えているんだ?
ここで少し話をしたからと言って。星野さんの周りにはたくさんの女優やらアイドルがいる。
たまたまここで一緒にオムライスを食べたからと言って何も特別な事はない。
それでも…瓶底メガネの奥の優しい目を忘れられないでいる。
テレビで見たホシノゲンはメガネをかけていなかった。メガネひとつでこんなにも印象が変わるのね。

「はい。お待たせしました」

ありがとうございます。

いただきます。

手を合わせてスプーンを取る。
ふと見上げた。タマゴからふわふわ揺れる湯気の向こうに星野さんがいないか…いるわけない。
ひと口食べる。
なんだろう。美味しいんだけど、何かが物足りない気もする。

「美味しそうに食べる顔を見ながら食べる方が美味しいでしょ?」

何回かのLINEのやり取りの中で彼が送ってきた。

その通りだ。
誰かと一緒に美味しいねって言いながら食べる幸せを知ってしまったら…1人で食べるふわふわ絶品オムライスが少し味気なく感じた。

オムライスを無事食べ終わり、食後のコーヒーもいただき、挨拶をして店をあとにした。
明日からまた仕事だ。

今日は早く寝よう。
そう思って家路を急いだ。
帰りついたら8時を回っていた。
早くお風呂に入ろう。

11時。
電話が着信を知らせて来た。
誰だろう。
もう寝ようと電気も消して布団に入っていた。
なんなら夢の世界に片足突っ込んでいたのに。
眩しく光るスマートフォンの画面には
「星野源」と出ていた。

ん?電話?

…もしもし?

「夜分にすみません…星野です。
まだ起きてました?」

ええ。ギリギリ。

「ふはは。ギリギリセーフで起こしちゃいましたね」

どうしましたか?電話なんて珍しい。

「いや…ちょっと…えっと…」

歯切れが悪いな。どしたんだろ。

今日オムライス食べに行ったんですよ?

「うわっ!いいなー!ってボクも先々週…いやその前だったかな?行きました。」

なかなか…合わないもんですね。

「ほんとに…」

少し肌寒くなって来ましたね…
体調は大丈夫ですか?

「ボクは元気です。大丈夫。かおるさんは?」

体調管理も仕事のうちですからね。
わたしも元気です。着物着てると暖かいし。

「そうなんですね…最近着物姿見ないな。」

お正月が来ればまた着てる人たくさん見れます。

「そうですね」

わたしとしたことが…来年の話なんてしたから鬼に笑われますね。

「ふふっ。ほんとだ。」

ゆっくりとした時間。固い画面から聴こえてくる少しくぐもった声。
いつまでも話していられるような気がしていた。

「星野さーん」

電話越しに向こう側の方から呼ばれている。

「あ。ごめんなさい。呼ばれちゃったんで、もう切りますね。」

遅くまで大変ですね。わたしが星野さんの分まで寝ておきますね?

「ふふ。お願いします。ありがとう。
じゃ、おやすみなさい。」

はい。おやすみなさい。

電話は切れた。
何だったんだろう。
あまりに突然で、とっさに出たのがオムライスの話題だった。
オムライスで繋がるご縁…黄色い糸?
まぁいいや。
もう寝よう。

その日の夜はなんだか幸せな夢を見た気がする。
次の日の朝起きるとスマートフォンが新着メッセージを知らせていた。

『電話の理由を聞かないでくれてありがとう。
ちょっと声が聞きたかったんです。またLINEします。』

メッセージが送信された時間は朝の3時だった。

『おはようございます。
電話嬉しかったですよ?ありがとうございます。』

他になんて返したらいいかわからなかった。

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