(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)
再会 the other side
あれから…どれだけの時間が過ぎたんだろう。
毎日が目まぐるしい。
オレだけ時間が5倍速になってるみたいだ。
あの雨の火曜日からあの喫茶店にすら立ち寄れていない。あれから何回の火曜日が過ぎたんだろう。
休みがなかったわけではない。
ただ、もう家から1歩も出たくなかった。
分刻みのスケジュールにアップアップ。
オムライスが食べたい。かおるさんのあの顔を見ながら。マスターの入れるコーヒーが飲みたい。
とりあえず主演映画は無事クランクアップした。淡路島での撮影は海がキレイだったなぁ…
それから梅雨が明け、夏が通り過ぎて行く。新しいアルバムをリリースすることになり、今はそれに向けて準備を進めている。
いつの間にか9月だ。
今回のレコーディングは京都でやっている。
映画の撮影が始まってすぐにスタジオを借りる事があり、そこの設備が気に入って何曲かここで録りたいと思ったから。
流石にバンドメンバーまで呼び寄せると経費がかかりすぎるので。弾き語りの曲だけ、とお願いした。
撮影でも何回か訪れた京都。
ただ、全くと言っていいほど観光出来ていない。そんなことしたら大騒ぎになるからと釘を刺されている。
夜食べに行く所は詳しくなった。
レコーディングは無事終了。
ただ、新幹線の時間まであまり余裕が無い。
石田くんがタクシーを呼んでくれていた。
スタジオの人にお礼を言ってそれに乗り込む。
いつ来ても…京都は人が多いな…
移りゆく景色を見ながらそんなことを思っていたら…突然雨が降ってきた。
「ゲリラ豪雨ですねぇ…」
タクシーの運転手がボソッと呟く。
ワイパーが忙しい。
結構なスピードで右往左往してるのに視界が開けない。
自ずと渋滞していく。
「新幹線間に合わなかったら…」
石田くんが不安そうに前を見てる。
「ちょっと裏道通りますね」
機転を利かせた運転手が大きい通りから細い道を選んで入っていった。
細い道なのに背の高いビルが所狭しと立っている。
歩行者、自転車、対向車を巧みに避けながらタクシーは進む。
「ここは室町通りでね。呉服問屋がひしめき合ってるんですわ」
ハンドルを握る運転手が口を開いた。
こんな道通ることなかなか無いな。
なんとなく窓の外へ目をやる。
京都なのに。着物姿はほとんどいない。
ましてや問屋街。周りを行くのは雨の中走るスーツの男性や事務服の女性。
そんな中。
大きなビルの玄関の軒先で雨宿りをしている着物姿を見つけた。
爽やかなブルーの着物。
雨に合わせたかのような色合いはコンクリートジャングルの中でひときわ目を引いた。
あ。あれ?
かおるさん?
ブルーの着物姿の女性もオレの方を見て
あ。と言う顔をしていた。
運転手さん止まって?
思わず口に出した。
「それは無理ですわ。急いではるんやろ?
京都駅までもうすぐでっせ。」
「星野さん。急にどしたんですか?」
石田くんの顔が強ばっている。
あ。いや。知ってる人だったような気がしたから…。
ここは京都だ。
万に一つ彼女だったとしてももう3ヶ月も前に1度会ったっきり。顔も忘れられてるかもしれない。
あの表情はオレがホシノゲンだからだったのかもしれない。そうだとしたらタクシーから降りて駆け寄っても大変なことになるだけだ。
そう思い直した。
あ。名刺。
ふと渡された和柄の名刺を思い出した。
せっかくプライベート携帯の番号があるんだ。かけてみようか…と悩んだ事もあった。
ただ。理由がない。
たわいもない話がしたいからってオレは彼氏ではない。
もしかしたら彼女の恋人に怒られたりとか無駄な争いが起こるのも面倒だ。
そうやってうだうだしてる内に自分を取り巻く慌ただしさに飲まれてしまった。
今ここでかけるのも…無理だ。石田くんの視線が痛すぎる。
京都駅に着いた頃にはゲリラ豪雨も去っていった。
涼しくなるどころかうだるような湿気と熱気。早く新幹線に乗り込みたい。
寝よう。
京都から戻り、バンドメンバーと合流し、また音合わせとリハーサルを繰り返す。
徐々に頭の中にあるメロディなんかが形になっていくのが面白い。家でギター相手に黙々と旋律を生み出すのも好きだ。
でも音を重ねて肉付けをしていくゾクゾク感は何度やっても毎回新鮮で。
土日と月曜日はスタジオと家の往復。なんなら布団ごとスタジオにいたかった。
いつものメンバーと談笑しながら作り上げていく作業は日進月歩。行ったり来たり、こんなことやってみようやっぱり戻そうとウロウロしながらやった。嫌な顔せず楽しそうに付き合ってくれるメンバーには感謝しかない。
そして火曜日。
今日はラジオだけ。
半日?OFFだ。掃除して洗濯して…布団干したい。曇ってる。
あーぁ。まぁ仕方ないか。
いろいろやってるうちにすぐ夕方だ。
石田くんとの待ち合わせ時間までまだまだある。ふと雨の中の青い着姿を思い出した。
あれからオムライスも食べに行ってないし。
今日行ってみるか。
かおるさんがいるかどうかの保証はないけど…。
雲が重たくなってきている。
また降るのかな。
空を見上げながらいつもの装備を準備し、オレは玄関を出た。
ツタ…またさらにパワーアップした?
梅雨で水分を取り込み夏の日差しでうんとまた伸び放題に伸びてる気がする。
相変わらず重たい扉だ。
ギターケースが邪魔になるじゃないか。
カランカラーん
「いらっしゃい。久しぶり」
いつものマスターにふわっといつものように言われる。店内を見渡してやっぱここは落ち着くなぁって思った瞬間。
「あ。」
あ。
かおるさん。
すごいな。おい。
先週京都にいませんでした?
「この前京都で見かけましたよ。」
同時の滑り出しで言ってることはほぼ同じ。
思わず笑ってしまった。
期待してなかったと言ったら嘘になる。
ただ、本当にそこに座っている彼女を見た瞬間嬉しくて飛び上がれそうだった。
今日は真っ黒な着物だ。まだ暑いからかスケスケで中の白いのが見える。
いや。見えそうで見えない。エロいなぁ…
なんて一瞬の内にいろいろ考えてしまった。
ボクもここ。座ってもいいですか?
「ええ。どうぞ。」
やっと来れましたー。もー忙しくて。
「そうだったんですね。
わたしはあれから何度かオムライス食べましたよ。」
そうなんだ!いいなぁー!
「星野くん、あの時以来だもんね。」
マスターがオレの分のコーヒーを持ってきた。
そうなのよ。マスター、お久しぶりです。
「はい。お疲れさん。」
そう言っておしぼりを渡してまたカウンターへ戻っていった。
あの時京都で見かけましたよね?
一瞬しか見てないのに既に確信までしていた。
「ええ。仕事で1ヶ月くらいいたんです。
よくわかりましたね。タクシーの中にいたでしょ?走ってたし。」
京都でも着物姿はあまり見かけないから。
あ綺麗だなと思って見てたら…あれと思って。でももう新幹線の時間も迫ってたので降りれなかったんです。
「星野さん着物姿お好きなんですね。」
ガチガチに着こなすんじゃなく、自然と着られてる着物姿は見て綺麗だなと思います。
結婚式とかで見る着物姿はちょっと苦しそうで…
「確かにそうですね。」
コーヒーをひと口飲む。
ちょうどいい苦味が口の中を巡る。
これこれ。この味。
「星野さんもお仕事だったんですか?」
あの時は京都でレコーディングがあって。
その帰りだったんですよ。
「あ。やっぱり音楽されてるんですね。」
そう。音楽やってます。
「このあともお仕事ですか?」
あー。はい。ラジオ番組やってるんですよ。
「そうなんですね。」
よかったら聞いてください。っても深夜ラジオだから寝てるかな
「寝てますね…」
ふふっ。
ほんとに正直な人だ。思わず笑ってしまった。
普通なら社交辞令でも聴きますって言うところなのに。
ここまで自分にも周りにも正直に生きていけたらどんなにいいだろう。
その性格で苦労も絶対あったはずだ。
すごいなぁ…と思いながら視線を窓にやった。
また降り出しましたね…
彼女が窓の外へ目をやる。
ツタが絡まりまくって天然の磨りガラスのような状態になっているが…
雨が降り始めたのがわかる。
「星野さんと会う日はいつも雨ですね。」
ほんとだ。ってもまだ3回目ですけどね。
ホントはね。連絡しようかと思ったんです。この前ってももう3ヶ月前か…貰った名刺に携帯番号も書いてあったでしょ?
あの日からしばらく…貰った名刺を眺めて過ごす時間があった。仕事の合間。出番待ちの時間。移動の車の中。
何度も何度も出してはしまうを繰り返したので折り目が沢山付いてしまった。
それでもなんとなく捨てられなかった。
「あ。そういやわたしとっさに名刺出しましたね。いつものクセで。」
でもやっぱり勇気もないし、理由もなかったから。
だからまたここに来て、会えたら…ちゃんと聞こうって思ってたんです。そしたらボクの連絡先も教えれるから。
いっきに喋った。
なんて思われるかなんて考えすぎて悩みすぎて…忘れた。
とにかく何かきっかけが欲しいと。
「何か…あるんですか?」
またオムライス。一緒に食べたいなと思ったんですよ。あんなに美味しそうに食べる人をボクは知らない。
なんだその理由はーっ!!と頭の中で地団駄を踏むオレ。
口説き文句としては最低じゃないか。
何言ってんだ…穴があったら入りたい…
彼女も笑ってるじゃないか…
「いいですよ。
オムライス。今日も食べるでしょ?」
食べます。
え。いいの!?
そんな理由でまたオレと会ってくれんの?
「マスター。オムライス2つお願いします。」
「はいはい。」
優しく笑ってマスターはカウンターの奥へと消えた。
「連絡先交換したってお互い忙しいから結局連絡無しでここでまた会いそうですけどね。」
その可能性もありますね…
いいんですよ。それでも。
なんとなく繋がれたらなと思ったんです。
これはほんと。
なんとなく。繋がりたかった。それがスマホ越しだろうとオムライス越しだろうと。
「それなら…」
と彼女は鞄の中からスマホを取り出す。
「どうぞ。」
どうぞ。って。あ。ボクが入力するんですか?
「ごめんなさい。
使い方がいまいちわかってなくて。電話かけるかLINEくらいしか。もっぱら仕事の相手ばかりですし。
いつも入れてもらってるんです。」
どゆこと?
スマホの操作に慣れてない人なんてこのご時世に存在するの?
通りでオレの名前を聞いても何も反応しないんだ。天然記念物じゃないか。
かおるさんのスマホのロック画面の待受は和柄。
ロック画面もロックなんてかかってない。
シュッと開けると綺麗な着物の写真だった。
そうなんですね。じゃ、遠慮なく
人のスマホを障るのは躊躇われたが…とりあえず電話帳を操作し、彼女の電話帳のは行に星野源の名前を登録した。
よし。これで。
「はい。お待たせしました」
オムライスが来た。
懐かしいふわふわのタマゴが目の前に来て…
かおるさんの優しい優しい笑顔にほっこりした。
見とれてしまっても失礼かと慌ててスプーンを取り食べた。
その日のオムライスの味を…オレは覚えていない。
食べ終わり、ごちそうさまと2人で手を合わした。
そのタイミングで鳴るオレの電話。
石田くんだ。もうそんな時間なの?
時計を見ながらあと5分くらいで着くの言葉を飲み込んだ。
せめて10分にしてよ石田くん…
食後のコーヒーを一気飲みし、挨拶もそぞろにオレは後ろ髪を相当引かれながら喫茶店の外に出た。
着いたばかりの石田くん。
ちょっと恨めしそうにワイパーが行ったり来たりするフロントガラスからオレを見てる。
ごめんね?と思いながらちょっとニマニマしてしまっている。
「星野さん…ご機嫌ですね」
オレそんなにいつも不機嫌そう?
「立て込んでる時は…たまに話しかけるのをやめますね…」
ごめんね?
「いやいや。なんかいいことあったんですか?」
ふふー。教えなーい。
そのまままだ雨の残る夕方ラジオ局へ向かった。
深夜1時からのラジオ番組。
たくさんのリスナーさん達。
今日やること、次週のスペシャルウィーク。
企画を練ったり、選曲したり。
考えることは山ほどある。とりあえずさっきの嬉しい出来事を頭の(心も)片隅に追いやり目の前にある山ほどの課題に取り組んだ。
ふー。
本番まであと15分。
ちょっとトイレ行ってくんね?
と放送作家をブースに取り残して重たい扉を開け外に出た。
トイレの個室にとりあえず腰をおろし、自分のスマホを見る。
やっぱり彼女から何かしら送ってくることはないか…
寝るって言ってたよな…
『今からラジオです。よかったら聞いてください。あ。でも寝ても大丈夫です。
またオムライス一緒に食べてください。
おやすみなさい』
いやさっ!!と送信ボタンの紙飛行機を押した。
やべ。戻らなきゃ。
寝てるかもしれない。でも送らずにはいられなかった。
返信なんて来なくていい。既読付くかどうかは確認したくない。
なんでオレはこんなテンパってんだ?
そんなことを考えながらブースに戻った。
開始5分前。放送作家くんがまだかまだかとオレを待っていたのが見て取れる。
とりあえずスマホはリュックに入れた。
もしかしたら…の気持ちが拭えないまま仕事をするのは嫌だったから。
さっきのLINEを送ったのは星野源。
今から電波に声を乗せるのはホシノゲン。
お疲れ様でしたー。
放送終了後の写真を撮られたので。本日のお仕事はこれで終わり。
夕方にオムライス食べてから何も食べてなかった。
寺ちゃん、ラーメン食いにいく?
放送作家を誘って石田くんと3人でラーメン屋に寄り、ひとしきり笑ってお腹いっぱいになってからまた石田くんに送ってもらった。
明日の朝の時間やらなんやら石田くんが運転しながら喋ってる。
うんうんとなんとなく相槌を打ちながらそーいやスマホどこやったっけ?とリュックに手を入れる。
あれ。なんかLINE来てる。
ロック画面を開けてLINEを開いた。
『ラジオ頑張ってくださいね。
明日も早いので、今夜は寝ます。
ごめんなさい。またオムライス食べましょう。』
絵文字も顔文字もないメッセージ。
心が潤う優しい文面だった。
紛れもなくかおるさんからの返信だ。
時間は12時58分。
「星野さーん?聞いてます?」
あ。石田くんいたの。
「いたの?じゃないですよ!着きましたよ。」
あ。うん。ありがとう。
「じゃ明日の朝10時にまたお迎えに来ますね?」
はーい。おやすみなさいー。
石田くんを乗せた車が去っていく。
心無しか足取りが軽い。
今から(現在時刻5時15分)寝ても4時間くらいしか寝れないけどパッと目覚めれるような気すらする。
絵文字も顔文字もないのに。
部屋に戻る前に上を見た。
今日は晴れそうだな。秋がもうすぐそこまで来ている。空気が少し冷たくなっていた。
日々の嫉み
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