(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)
出会い the other side
火曜日。
毎週深夜のラジオ番組を初めて既に100回目をついこの前迎えた。
好きだからやってっけど。
なかなか疲労困憊になってくるとしんどい。
休みたい。
映画の主演も決まったし、朝ドラの主題歌のフル解禁やアルバム出す?どうする?とかいろいろ。
今夜のラジオ終わったら水曜日の朝一の新幹線で関西方面へ行く。
撮影は楽しみだし、時代劇だから。
着物は好きだ。
日本人だからこそなんだろうな。
実家は着物とは縁遠い生活をするところだったから、いいなと思い出したのは最近。
2年前にドラマで着流しってやつを着たのと、共演の主演女優が訪問着ってやつを着てて。
あぁ。いいな。と思ったのがきっかけだ。
マスター。オレ明日からちょっと遠いとこ行ってくるから。しばらく来れないかも。
最近見つけたラジオ局からほど近い隠れ家的な喫茶店。
急な雨に降られて仕方なく入ったのが…3ヶ月まえだっけ?あれ?半年?
前を向いて進むことが好きだ。だからどうでもいいことは割と都合よく忘れさせて貰っている。
ここのオムライスが凄まじく…美味い。
疲れたなとか休みたいなと思うと…
ここへ来てマスターと当たり障りのない話をし、オムライスを食べて次の仕事へ向かう。
割とそれが火曜日のラジオの前になることが多い。
「そうですか。暑くなったり寒くなったりだから。体調には気をつけてくださいね」
ん。ありがとう。
マスターはオレが星野源だと知っている。
知っていて、黙って普通の常連の1人として扱ってくれる。だから居心地がいいし、ついつい愚痴めいたことをこぼす事もある。
それを黙ってたまに相槌をうちながら聞いてくれる時間が心地よい。
あ。雨だ。
この喫茶店は外から見ると何の建物なのかわからないくらいにツタが張り巡らされている。窓から見える景色は半分以上ツタ。
だからいい。外からあまり見えない。
カランカラーん
「いらっしゃいませー」
マスターがふわっと声を発した。
何気なく入口の方を見た。
一瞬目を疑ってすぐ逸らした。
急な雨に間に合わなかったのか、結構派手に濡れた…着物。
グレーの着物にオシャレなトランプ柄の帯。
雨のせいで裾の方が濃くなっている。
着物姿しか目に入らなかった。
こんな大都会に。しかもこんな隠れ家的な喫茶店に。
そりゃ大都会だから着物姿は何度か見かけたことはある。
なんでか着物に靴を合わせてあったりとか。
面白いな。と思いながら見ていた。
マスターがおしぼりを持ってその入ってきた着物姿に近づいた。
「風邪引きますよ。どうぞ。」
「あ。ありがとうございます
急に降ってきたもんで。」
どっかで聞いたことのあるようなセリフだな。
「お好きな席にどうぞ。」
マスターはそう言ってカウンターに戻ってきた。
その女性はそこから1番近い窓際の席に座った。
湯気が立ち上るコーヒーを持って歩くマスター。
きっと身体が冷えてるだろうからといつもより少し熱めにしてるんだろうな。
そんな細かい気遣いがにくい。
「コーヒーでよかったかな?」
「え。あ。はい。
ありがとうございます」
ふふっ。
動揺してるのか?
「あったかい…生き返る…」
ふふっ。
心の声がダダ漏れです。
面白いなと思ってまたそっちをちらっと見た。
かち。
あ。目があった。
ちょうどコーヒーに砂糖とミルクを入れてくるくる回る様子をニコニコしながら見てる瞬間だった。
丸顔の可愛らしい女の人。
髪の毛も長くなくてショートで。
でも仕事真剣に好きです!って感じのキリッとした光が目に宿っていた。
あれ。会釈された。
思わず返す。
そしてまた視線を逸らされたのでオレもまた前を向いた。
ガサガサガサガサと音が背後からする。
どうやら雨で濡れてしまった書類なんかを確認してるらしい。
またその方向を向いた。
あ。目があった。
見られてると思われただろうな。
今度はこっちが会釈する。
ちょっと不審そうな笑顔が返ってきた。
着物。珍しいですね。
「よく言われるんです。
珍しいねって。」
少し間が空いて返事が届いた。
好きなんですね。
「はい。好きです。」
今度は間髪入れずに答えが返ってきた。
こりゃ筋金入りだろうな。
お仕事で着られるんですか?
「え?あ。そうですね。
メーカーなんです。デザインとかしてて。」
へぇー。素敵ですね。
好き=仕事。
なんとなくそう思った。
着物は渋いし、帯はポップな感じなのに…
どこか清楚で緊張感がある。
そんな佇まいを持った人だ。
だからかとっさに仕事してるんだろうなと思った。
ボクも好きなこと仕事にしてるんで。
なんとなくわかります。
そう言って向かいのギターケースを指さした。
「音楽されてるんですね。
お互い…大変ですね。」
何を思って大変と言ったのかはわからない。
オレが星野源とわかって言ったんでは無さそうだし。
着物の世界がそんなに大変なのか??
芸能界はそれなりだけどそれでも楽しくやっている…つもりだ。
まぁ楽じゃないですね
「そうでしょうね…」
雨やみませんね
「困りましたね。」
会話が途切れてしまった。
そんな時に思ってもなかった音が聞こえた。
「ぐー。」
腹減ってんのか?
ここまで聞こえたぞ??
おもしれぇ。
ここのオムライス美味しいんです。
良かったら一緒に食べませんか?
「ぐー。」
正直ですね(笑)
「すみません…」
マスターオムライス2つね
「はいよ」
マスターがカウンターの奥へ行った後、もっと話をしてみたいと思い意を決して行動に移した。
そっち。座ってもいいですか?
「こっち?あ、ええ。どうぞ。」
そりゃそんな顔するわなー。
めちゃくちゃ不審そうな顔になってる。
ありがとうございます。
1人で食べるのは慣れてるんですけどね。
せっかくなので。
「わたしもいつも1人なんで。」
嫌でした?
「いえ。大丈夫です。」
そう言いながら彼女はコーヒーをひと口飲んだ。甘っという表情が浮かんで思わず笑ってしまった。
ふふっ。
表情豊かですね
何も言わなくても顔に全部出てる。
甘いんでしょ。
本当に顔に全部出てる。喋らなくても何を考えてるのかすぐわかる。
こんなコロコロ移り変わる心が顔に出る人はなかなかいない。
本当に正直な人なんだな。と思った。
芸能界は…ウソの顔を持つ人が多すぎて。
幸い騙されたりしたことはまだ無いが…その危険性はどこにでも転がっている。
石橋は叩いてなんぼの世界だ。
「よく…言われるんです。
お前は顔に全部出過ぎもう少し隠せって。」
わかりやすくていいじゃないですか。
ボクの周りは表情がわからない人が多いから…なんだか安心します
「安心する?なんでですか?」
なんだか…人と一緒にいるんだなぁって。
表情がないとマネキンと一緒にいるみたいに思えてしまって。
「そんな大変なんですね…
でもそんな人ばかりじゃないでしょ?」
もちろん。ちゃんとした友達もいますよ。
ただ、ボクが忙しいからなかなか会えなくて。
「そうなんですね…
ちょっと…可哀想かな?」
かな?ふふっ。
「好きなことを仕事にしてる以上は…
どんなに忙しくても文句は言えないし。
それだけ必要とされてるんだってわたしは思うようにしてます。」
めちゃくちゃ正論だ。
たまにラジオで疲れただの休みたいだの言ってるアイツ(オレ)に聞かせてやりたい。
その通りですよね。だからなるべく文句は言わない。言えるところでしか…例えばこことか。
「よく来るんですか?ここ。」
時間がある時はよく来ます。
マスターもわかってくれてるから必要以上の話はしないんだけど、たまにボクの話を聞いてくれます。
「そうなんですね…」
あなたもよく来るんですか?
「いえ。わたしはたまたま駆け込んだだけで。」
急に降り出しましたもんね。
「そうなんですよ。あの天気予報士。
もうあの番組は見ません。」
ボクもその予報見ました。30%でしょ?
確かに朝の情報番組で天気予報士が鼻息荒く降水確率は30%となんとも言えない数値をまくし立てていた。
「そう!それ!」
「はい。お待たせしました。」
当たり障りのない会話が少し弾んで来たところで出来たてのオムライスが2つ運ばれてきた。それを見た彼女の顔が…なんとも言えない幸せな優しい表情になった。
ほんとに顔に出ますね
「そんなに出てますか?」
さ。食べましょ?
ふわふわなタマゴにスプーンで切れ目を入れる。中から赤いケチャップライスが顔を出す。
ひと口口に運ぶ。
「幸せー。」
やばい。萌え転がれるくらいに可愛いじゃないか!
ふははは。美味しそうに食べますね!
ね?美味しいでしょ?
彼女の顔は先程の不審気な感じが全てなくなり目の前のオムライスに完全に心を捕らわれている。
まだ一口なのにこんなにも幸せそうに美味しそうにオムライスを頬張る人に初めて出会ったかも。
そんなことを考えながらオレも食べ慣れたオムライスを頬張った。
うん。おいし。
それ以降は2人とも夢中でオムライスを食べた。喋ることもなく…よっぽどお腹空いてたんだな…と時々彼女の顔を覗き見していた。
「ごちそうさまでした。」
ごちそうさまでした。
2人してほぼ同時に手を合わす。
1人で食べてようと子供の頃に親から口酸っぱく言われた躾は抜けない。
この人もきっとちゃんと躾されたんだろうな。
やっぱり1人で食べるより誰かと食べる方が美味しいですね。
「そうですね。」
また…ここで会えたら。オムライス一緒に食べてもらえませんか?
「いいですよ。わたしもここのオムライスのファンになりました。
また来たいと思ってます。」
マスターよかったねぇ。
「ありがとうございます」
食後のコーヒーが運ばれてきた。
彼女はさっきみたいに砂糖を少しいれ混ぜてからミルクを垂らした。
クルクル回るミルクを見ていたらあのCMを思い出した。
ダバダー
ボクはブラックなんで…言いたかっただけです。
「同じこと思いましたよ?」
ふはっ!すごい
そんな時電話がなった。
着信音がマネージャーの石田くんだと伝えてくる。出なきゃ。
あ。すみません。ボクだ。
席を立ち、電話にでた。
あ。石田くん?うん。いつものところ。あと10分ね。わかった。
いつもの時間。ラジオ局で打ち合わせやらいろいろあるのでいつもだいぶ早めに行くようになっている。
この喫茶店はその時間までの束の間のフリータイム。
たわいもない話をマスターとし、絶品オムライスで腹ごしらえをしてから向かう。
外はまだ雨が降り続いていた。
迎えがもう少ししたら来るんですが、送りましょうか?
「あ、いえ。それは申し訳ないです。」
ですよね。出会ったばかりの得体の知れない男にそんなことを言われてもね。
「そんなつもりじゃないんですよ?
お迎えが来るってことはこれからお仕事でしょ?
そんな申し訳ないことは出来ません。」
さすがですね。ありがとうございます。
少し…ガッカリした。もう少しこの人と話をしてみたかった。
「またここで会えて。雨が降っていたら。
その時はお願いしますね。」
思わぬ言葉だった。
次いつ会えるのかなんて全く検討もつかないけど、なんだか希望があった。
わかりました。ボク、星野っていいます。
星野源。
思わず口に出した本名。いや。芸名がある訳では無いが、最近このホシノゲンが一人歩きすることもある。
ただ他に名乗り方をオレは知らない。
そして…名乗ることによってこの先が無くなることや、急に態度が変わるなんて事もよくある。
「わたしはこうゆうものです。」
すっと名刺が出てきた。
和柄の名刺に名前と社名と…個人の携帯番号まで載っている。
素敵なお名前ですね。着物が似合う。
「ありがとうございます…」
じゃまた。いつか。ここで。
一緒にオムライス食べれてよかったです。
ありがとうございます。
「ええ。こちらこそ。
楽しかったです。」
気をつけて帰ってくださいね。
そこまで言うとオレはその名刺を手に持ったまま元々座っていた席まで戻りリュックとギターケースを持った。
じゃ。マスター。ごちそうさま。また来んね。
そう声をかけてあのくっそ重たい扉を開けた。
彼女着物姿でよくこの扉開けたな…
外には石田くんがいつもの車で待っていてくれた。
急いで乗り込む。
雨はまだ強い。ワイパーが忙しなく行ったり来たりしている。
ごめんね?石田くん。
「いえいえ。今着いたとこでした。」
そう言って石田くんは慣れた手つきでハンドルを進行方向に傾けた。
さっきの彼女に渡された名刺に目を落とす。
和柄の名刺なんて初めて見たな。
飲み屋のおねーさんみたいなピンクとかオレンジの派手なのじゃなくて。
紫と黒が基調になってる渋めの名刺。
彼女の名前。
かおる
「星野さん、何か言いました?」
あ。つい口に出しちゃってた。
いや、何でもないよ。
石田くん、前見て運転してよ??(笑)
「何かいいことありました?」
ん?なんで?
「いや、なんかご機嫌だなと思ったんです。」
オムライスが美味しかったからね。
「僕はいつ連れてって貰えるんですか?」
だーめ。あそこはオレだけの隠れ家だから。
誰も連れてかねーよ?
「ずるいっすね」
誰にも知られたくない。
あそこはちょっとだけ特別な場所になった。
そういや。彼女は結局最後までオレをオレだと気づかなかったのか?
それはそれで少し寂しい気もするが。
今や毎日と言っていいほどラジオやテレビからオレの曲が流れてるご時世。自分で言うのもなんだな。嫌なやつ。
もう一度名刺に目を落とし、彼女の顔を思い出した。ほんとに幸せそうな顔でオムライスを食べる。
思い出す度にニヤニヤしてしまいそうなくらい。
そろそろラジオ局に着く。
気持ちを切り替えなければ。
星野源からホシノゲンへ。
日々の嫉み
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