妄想劇場 2

(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)



再会


あれから…何ヶ月たっただろう。

梅雨の時期の単衣、夏物、また単衣と衣替えをし、今やまた袷の時期を迎えようとしている。

星野さんとは再会することは出来ていない。

何度かあのオムライスが食べたくて行ったが、マスターとたわいもない話を少しして、オムライスが運ばれてくるまで少し仕事して。
オムライスが来るとそりゃそれまでの仕事のことなんてキレイさっぱり忘れてふわふわのタマゴに集中した。
マスターも別に星野さんの話をしてくるわけでもない。

夏が過ぎてそろそろ来年の夏物の新しい図案などを考えるタイミングで長期の出張が入り、わたしは今残暑厳しい京都にいる。

もう9月だというのに。セミの勢いが止まらない。1週間しか生きれないセミは今が真夏!とばかりに声を張り上げている。

やっと…来週には帰れる…はず。
あのオムライスが食べたい。

今日も京都市内を走り回り、問屋との打ち合わせ、職人さんとの打ち合わせでてんこ盛りな1日になる。
目まぐるしい。相変わらずホシノゲンがどんな人物なのか調べることも出来ていなかった。
まぁいつか会うことがまたあれば…
その時のお楽しみでいいか。と思っていた。

祇園祭が終わり、大文字の送り火も終わった京都は…残暑しかない。
それでも夕方くらいになると気持ち涼しくなる。
呉服業界の片隅にいて、京都にも何度も来ているにも関わらず。
観光らしいことは全くしていない。

今日は金曜日か…あの時の天気予報士がまた今朝も降水確率は!!と息巻いていた。
半分心に止める程度にして仕事に出た。

夕立ち…いや、これはゲリラ豪雨か。
とりあえず問屋の玄関口で雨が降り止むのを待つ。
目の前をタクシーが通った。

あれ?あの顔…
その顔はこっちを向いていた。
あ!とわたしと同じような表情をし…
通り過ぎていった。

ホシノゲン。

確かにその人だ。

いやまて。ここは京都。
あのオムライスの喫茶店は東京だ。
こんな所にいるわけがない。

そう思い直してわたしは次の約束の場所へと向かった。
ゲリラ豪雨はタクシーとその人が連れ去ったかのようにやんだ。



はぁーっ。
疲れたー。

「お疲れ様。はい。おしぼり」

ありがとうございます。

「コーヒーでいいかな?」

こくんと頷き、おしぼりを受け取りながらお願いしますと返事をした。

久しぶりに帰ってきた東京。
暑さは京都とあまり変わらないが盆地じゃないだけまだマシか。
金曜日に仕事を終わらせ、土曜日に移動の準備をし、日曜日の夜にお世話になった取引先と食事をし、月曜日の朝から挨拶を何件か終わらせてから新幹線に飛び乗って帰ってきた。そのまま会社に行き、上司に報告。
その日は荷解きもせず部屋に戻り泥のように寝た。
今日は火曜日。会社で引き継ぎやら取引先との打ち合わせやら会議やら…
戻ってきたばかりですまないねと言われながらも連れ回され終わったのが5時だった。

雨がまた降り出しそうな中、わたしはやっとあの喫茶店に向かうことが出来た。
束の間の癒しと思い出の味を求めて。
大袈裟だな。

カランカラーん

「いらっしゃい。久しぶり」

マスターがふわっと声をかけた。
常連さんが来たらしい。
どうやらこの喫茶店は知る人ぞ知る店らしく新規のお客さんはほとんど来ないそうだ。
中には30年週一しか来ない人もいるらしい。

「あ。」

あ。

「先週京都にいませんでした?」
この前京都で見かけましたよ。

同時の滑り出しで言ってることはほぼ同じ。

あ。目がなくなった。口デカイな。

そんなことを思いながらつられて自然と笑顔になる。

「ボクもここ。座ってもいいですか?」

ええ。どうぞ。

「やっと来れましたー。もー忙しくて。」

そうだったんですね。
わたしはあれから何度かオムライス食べましたよ。

「そうなんだ!いいなぁー!」

「星野くん、あの時以来だもんね。」

マスターが星野さんの分のコーヒーを持ってきた。

「そうなのよ。マスター、お久しぶりです。」

「はい。お疲れさん。」

そう言っておしぼりを渡してまたカウンターへ戻っていった。

星野さんは今日もギターケースを抱えていた。それは今彼の隣の席に座っている。

「あの時京都で見かけましたよね?」

ええ。仕事で1ヶ月くらいいたんです。
よくわかりましたね。タクシーの中にいたでしょ?走ってたし。

「京都でも着物姿はあまり見かけないから。
あ綺麗だなと思って見てたら…あれと思って。でももう新幹線の時間も迫ってたので降りれなかったんです。」

星野さん着物姿お好きなんですね。

「ガチガチに着こなすんじゃなく、自然と着られてる着物姿は見て綺麗だなと思います。
結婚式とかで見る着物姿はちょっと苦しそうで…」

確かにそうですね。

コーヒーをひと口飲む。

口もとにホクロがひとつ。

星野さんもお仕事だったんですか?

「あの時は京都でレコーディングがあって。
その帰りだったんですよ。」

あ。やっぱり音楽されてるんですね。

「そう。音楽やってます。」

このあともお仕事ですか?

「あー。はい。ラジオ番組やってるんですよ。」

そうなんですね。

「よかったら聞いてください。っても深夜ラジオだから寝てるかな」

寝てますね…

「ふふっ。」

あの時の笑い声が漏れた。
優しく笑うんだなぁ…と思いながら自分のコーヒーに目を落とした。

「また降り出しましたね…」

窓の外へ目をやる。
ツタが絡まりまくって天然の磨りガラスのような状態になっているが…
雨が降り始めたのがわかる。

星野さんと会う日はいつも雨ですね。

「ほんとだ。ってもまだ3回目ですけどね。」

わたしは結局ホシノゲンを調べなかった。
だから目の前にいる人がどんな音楽をするのかどんな活動をしているのかを全く知らない。
それでいいと思っていた。
芸能人のホシノゲンではなく。
目の前にいる星野源をもっと知りたいと思った。

こんなにも穏やかで優しい雰囲気を纏った人の音楽だ。
きっと優しくて穏やかなんだろう。

「ホントはね。連絡しようかと思ったんです。この前ってももう3ヶ月前か…貰った名刺に携帯番号も書いてあったでしょ?」

あ。そういやわたしとっさに名刺出しましたね。いつものクセで。

「でもやっぱり勇気もないし、理由もなかったから。
だからまたここに来て、会えたら…ちゃんと聞こうって思ってたんです。そしたらボクの連絡先も教えれるから。」

何か…あるんですか?

「またオムライス。一緒に食べたいなと思ったんですよ。あんなに美味しそうに食べる人をボクは知らない。」

笑ってしまった。
なんだその理由は。口説き文句としては0点じゃないか。
そもそも口説いてるのか?
それすらも疑問じゃないか。

いいですよ。
オムライス。今日も食べるでしょ?

「食べます。」

マスター。オムライス2つお願いします。

「はいはい。」

優しく笑ってマスターはカウンターの奥へと消えた。


連絡先交換したってお互い忙しいから結局連絡無しでここでまた会いそうですけどね。

「その可能性もありますね…
いいんですよ。それでも。
なんとなく繋がれたらなと思ったんです。」

彼の瓶底メガネから優しく真っ直ぐな目がわたしを見た。

それなら…

と自分のスマートフォンを出す。

どうぞ。

「どうぞ。って。あ。ボクが入力するんですか?」

ごめんなさい。
使い方がいまいちわかってなくて。電話かけるかLINEくらいしか。もっぱら仕事の相手ばかりですし。
いつも入れてもらってるんです。

「そうなんですね。じゃ、遠慮なく」

慣れた手つきでスマートフォンを操作し、わたしの電話帳のは行に星野源の名前が登録された。

「よし。これで。」

「はい。お待たせしました」

オムライスが来た。
懐かしいふわふわのタマゴが目の前に来て…
スマートフォンのことは忘れてしまった。

それからまた星野さんはお迎えがあり、仕事へ向かった。
雨はあがって、もうすぐ秋の高い青空が雲の隙間から見えた。

夜。
風呂に入り、そろそろ寝ようかなと思ったところにいつもならこの時間絶対に鳴らないスマートフォンが鳴った。

画面を見ると『星野源』

『今からラジオです。よかったら聞いてください。あ。でも寝ても大丈夫です。
またオムライス一緒に食べてください。
おやすみなさい』

時間は12時50分。
本気で深夜ラジオなんだな…

『ラジオ頑張ってくださいね。
明日も早いので、今夜は寝ます。
ごめんなさい。またオムライス食べましょう。』

そう返信して明かりを消し布団に入った。






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