妄想劇場 6


(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)


電話  the other side




秋だ。秋だと?
え。もう秋なの??
オレの夏はどこへいったの?
海は?山は?BBQは?キャンプは?キャンプファイヤーは???
もう10月だとーっ!?
聞いてねぇぞー!
頭の中のオレが叫んでる。

そう。もう10月。新しいアルバムは完成間近。
最終チェックも終わり、あとは完成品を待つばかり。
発売日も解禁されたし予約数も前作を上回る勢いだ。
最近は発売日を前に雑誌テロの準備をやっている。
着替えて写真撮って話して。また着替えて写真撮って話して。
それで1日終わることもある。
着替えるのはいろいろ準備して下さってるので楽しい。どんな風にオレを魅せようとしてくれてるのか意気込みが伝わってくる。写真も然り。
インタビューも色んなことを色んな角度から切り込んでくる。でもオレの話すことはあまり変わらない。
今日はこっちのスタジオで、明日はあそこのホテルの一室で…
身体が2つ以上欲しいよ。ドラえもん…。

石田くん。

「どうしました?」

もう10月なんだね…

「早いですよねぇ」

マネージャーの石田くん。
オレの敏腕マネージャーはスケジュールがほぼオレと一緒なので。
朝早くから夜遅くまで一緒。
最近は子供の寝顔しか見てないって。ごめんなさい。

「そう言えば最近あのお店行ってませんね。」

ん?どのお店?

「ほら。オムライスの美味しいとこですよ。」

あー。そうだね…

行ってないんじゃなくて。行けてない。てかそんな暇ないじゃん。

心の声に蓋をする。

オムライス…かおるさんどうしてんだろ。
彼女と連絡先を交換したのが2ヶ月前。それから何度かLINEでやり取りはしたがお互い予定がなかなか合わずにそのままになっている。
最後に会話したのいつだっけ…。
スマホのLINEトークルームを探す。下に下に…下に。
あった。
かおるさんの仕事がどんな事をやっているのか具体的には知らない。でもこの人は西へ東へとオレ以上に飛び回っている。

『明後日からまた京都なんです。
ごめんなさい。また誘ってくださいね?』

これが彼女からの最後の文面。
約1ヶ月前。
生存確認することすら出来ないほど余裕がなかったのか。オレは。
今日は火曜日。ラジオ局に行くまでに少し時間はある。思い出したら食べたくなったオムライス。

石田くん。

「はーい」

ごめん。あの店今から行くわ。

「今からですか?あまりゆっくり出来ないですよ?」

いーのよ。オムライス食べるだけなんだから。

「わかりました」

ありがとう。

「いつか。僕も連れてってくださいよ?」

やーよ。

「ちぇー」

店の前でおろしてもらった。
ツタがちょっと枯れかけて弱々しい。それでも生い茂ってるけど。
そして相変わらずクソ重たい扉。

カランカラーん

「あ。星野くん。いらっしゃい」

マスター。ご無沙汰?してます。
今日あまりゆっくり出来ないけどどうしてもマスターのオムライスが食べたくなったんです。

「ありがとう。好きなとこ座って?」

店内を見渡してみる。いつもならカウンターの近くの、窓から離れてる席に座る。
けど今日は…あの席に座った。窓際の席。
窓からはツタが見えてあまり外は見えないが幽霊の出そうな洋館の雰囲気を醸し出している。
今日は彼女がいつも見てる景色を見てみたかった。
初めて会ったあの雨の日。

かおるさん…元気かなぁ…

「そう言えば最近見てないよ?」

え。マスター。あれ。聞こえた?

「どうしてるんだろうね」

さぁ…

「はい。お待たせしました。」

待ってましたー!オムライス!

「そんなに喜んで貰えたら、作ったかいがあるね。」

いただきます!

ふわふわタマゴにスプーンを刺す。
中のライスからもふわーんと湯気が登る。
ひと口食べる。

マスター!最高!

「ありがとう。ゆっくり食べなよ?」

そう言ってコーヒーを置いて行ってくれた。

美味い。いつもと変わらない味。
でも何だか。なんだろう。物足りない気がする。
何かスパイスが抜けてるような。
こんなに美味しいのに。
なんだ。何が足りないんだ?と考えながら黙々と食べ進めた。

ごちそうさまでした。

お腹はいっぱいになったのに。心がいまいち満たされてない。食べながら考えてたけどスパイスが何なのかはわからなかった。
なんだろう。
コーヒーをひと口飲む。飲みながら目線を上げた。
あ。そこにいて欲しかった人がいないんだ。
かおるさんの嬉しそうな顔がなかったのか。
それか。それなのか?

「美味しそうに食べる顔を見ながら食べる方が美味しいでしょ?」
オレが送ってたLINEのメッセージ。

「そうですね。確かに。」

彼女の返信。

答えはそこにあった。
ストンと落ちて(心の隙間はすこーしだけ残ってるけど)納得しました。
彼女と食べるから美味しいんだ。

時計をみる。そろそろ石田くんが外で待ってるかもしれない。

マスター。ごちそうさまでした。
また来ます。

「ありがとう。仕事頑張ってね」

はーい。

外に出たら石田くんがいた。

ありがとう。おかげで満腹満足。

「よかったです」

その日のラジオの選曲は何となく幸せな気持ちにさせてくれるような曲ばかり選んでかけた。
どうせ彼女は寝てるだろうけど。どこかで聴いてくれてら届いてたらいいなと思いながら。





そしてついに…新アルバムの発売日を迎えた。
いつも通り、行ける範囲のレコードショップに足を運んで店員さんにご挨拶とサインしまくり行脚。
これも楽しいんだが…年々動き辛くなってるのも事実。

とにかくこの発売前後が。くっそ忙しい。
身体がほんとに2つ以上欲しいよ。ドラえもん…。
コピーロボット貸してよパーマン。
せめて…どこでもドアだけでもいい。

音楽番組もたくさん出る。
生放送がほとんどで毎回緊張しまくる。
そして雑誌テロもまだまだ続いている。
次はあのタウン誌。それと音楽専門情報誌。女性誌。
あそこのグラビア撮影、こっちのインタビュー。


やばい。ちょっとやばい。
ちょっと待って。ストーップ!と時間を止めれたらいいのに。
目まぐるし過ぎて精神的にやばくなってきた。

取材と撮影の間の短い空き時間。
オレは控え室でため息を深呼吸に変えていた。

今何時だ。時計を見てびっくりした。
22時50分
さっき来ませんでしたっけ?(朝の仕事は10時開始だった)

何この時間。
なんだか…腹立たしい。
何やってんだオレ。
控え室の大きな鏡を見る。わー。クマさんがいっぱいいるよー?目の下にクマさん大量捕獲中。
修正でなんとかしてくれるでしょ。

スマホスマホ…
あ。あった。

オムライスを食べながら気づいてしまったのがきっかけだろうか。あれから1ヶ月近くたったがずっと見て見ぬふりをしてきた。
今すごく彼女と話がしたかった。ほかの誰でもなく。
もう寝てるだろうか…

「…もしもし?」

夜分にすみません…星野です。
まだ起きてました?

「ええ。ギリギリ。」

ふはは。ギリギリセーフで起こしちゃいましたね。

電話の声は直接話す時のそれとは聞こえ方が全然違う。考えてみればずっとLINEでしかやり取りはしてない。電話したのは初めてじゃないか。
やばい。勢いでかけたけど…今さら緊張と起こしてしまった申し訳なさと、恥ずかしさといろいろ押し寄せてきた。

「どうしましたか?電話なんて珍しい。」

いや…ちょっと…えっと…

落ち着け。動揺に勘づかれないようにしなくては。

「今日オムライス食べに行ったんですよ?」

うわっ!いいなー!ってボクも先々週…いやその前だったかな?行きました。

「なかなか…合わないもんですね。」

ほんとに…

「少し肌寒くなって来ましたね…
体調は大丈夫ですか?」

ボクは元気です。大丈夫。かおるさんは?

「体調管理も仕事のうちですからね。
わたしも元気です。着物着てると暖かいし。」

そうなんですね…最近着物姿見ないな。

「お正月が来ればまた着てる人たくさん見れます。」

そうですね

「わたしとしたことが…来年の話なんてしたから鬼に笑われますね。」

ふふっ。ほんとだ。

なんだ。これ。めちゃくちゃ心地いい会話。
多分オレが少し躊躇っていたのを察してくれて。
なんでもない話題を彼女がパスしてくれた。
中身がないのに意味がある会話。

ゆっくりとした時間。固い画面から聴こえてくるハリのある優しい声。
いつまでも話していられるような気がしていた。

「星野さーん」

控え室の外から声が聞こえた。待ち時間が終わってしまう。

あ。ごめんなさい。呼ばれちゃったんで、もう切りますね。

「遅くまで大変ですね。わたしが星野さんの分まで寝ておきますね?」

ふふ。お願いします。ありがとう。
じゃ、おやすみなさい。

「はい。おやすみなさい。」

静かに電話を切ってスマホをリュックの中に戻した。

オムライスを食べた時に埋まらなかった心の隙間が自然と埋まって落ち着きを取り戻せた。もう結構前の事なのにずっと埋まらなかった隙間。
取材や撮影も夜遅くまで続くと少しずつイライラしてきてしまったりするが、今夜は驚くほど穏やかな気持ちだった。

それでも全部終わったのは午前2時半。
取材の責任者の方や関係者の方々にご挨拶をし、控え室で私服に戻る。
ホシノゲンから星野源にやっと戻れた。

ふと。かおるさんの笑い声が脳内で再生された。
この自動録音されたテープをエンドレス脳内再生していたおかげでイライラすることが無かった。
疲労困憊なのはオレだけでは無い。
無用なイライラは周りの神経もすり減らしてしまうから。

帰りの車の中、石田くんが運転しながら話しかけてきた。

「星野さん、何かいい事ありました?」

え?なんで?

「11時くらいに休憩挟んだじゃないですか。あの時の前後で…何かちょっと違うなと思って。」

さすがは敏腕マネージャー。よく見てる。
感心する。他の誰も気づかないようなことを言ってきてドキドキすることが結構ある。

いい事…どうだろうね?

「変な事じゃないですよね?」

ふはは。変なことって何よ?

「んー。なんて説明したらいいか…。」

だぁいじょうぶよ。変なことじゃないから。

「…てことは。何かはあったんですね?」

あれ?墓穴ほった?オレ。
笑ってごまかす?言っちゃう?どうする?

「まぁいいです。星野さんの事信用してるんで。」

ありがと。石田くん。頼りにしてます。

静かに談笑しながら車は夜の闇を照らしながら進んでいく。
時計を見る。3時か…流石に寝てるだろうし、LINEの音くらいでは起きないでしょ。
そう思ってメッセージを送った。

『電話の理由を聞かないでくれてありがとう。
ちょっと声が聞きたかったんです。またLINEします。』

送ってから10分後くらいにまた見てみた。
やっぱり既読はつかない。
さぁー帰ってシャワー浴びて寝よう。

『おはようございます。
電話嬉しかったですよ?ありがとうございます。』

彼女からの返信に気づいたのは明けて次の日のお昼だった。

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