(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)
元旦 2
星野さんがドアを出ていってから。
しばらく呆然としていた。
何があった?
わたし星野さんと何した?
ここどこだ?
ゆっくりしてっていいからね。って言われても。
ゆっくりなんか出来るわけないじゃん!
知らない部屋。わからない間取り。どこが開けていいのかどこが開けてダメなのか。
深呼吸しよ。落ち着け。
すーはー。すーはー。
とりあえず。鬼がいない間に探検してみるってのもありかもな。
見ちゃダメだって思ったらそっと扉は閉めればいい。
好奇心が無い訳では無い。まさか星野源が現代の青ひげだなんてことはあるまい。
玄関から少し入ったところが寝室。
覗いてみるとわたしが脱ぎ散らかした(らしい)着物の残骸。どうやって持って帰る?
いや着て帰るのが一番なんだけどね…
襦袢がね…いろんなところにシミが。オマケに袖まで破れてしまっていた。
気づいた時には脱がされた後だったし、そんなこと言ってる場合でもなかった。
もー。高かったのに。
独り言です。
とりあえず脱ぎ散らかした着物をたたむ。
帯もたたんで。すべてひとまとめにしておく。
紙袋無いかな…
えっくしゅ。
可愛くないくしゃみがでた。
誰だ噂してんの。
えっくしゅ。くしゅ。
おー3回でた。
噂してるのはきっと星野さんだ。
「彼女」「恋人」ふわふわな気分になれる魔法の言葉。
星野さんが。わたしの恋人。
実感わかないけど。
世の中の普通の恋人じゃないし。
しかも「恋人」になってすぐに放置されたしね。
お仕事だから仕方ない。
よし。まとまった。あとは襦袢を回収すれば。
それと…何か着て帰るもの。探さなくちゃ。
適当に探して?って言ってたけど…どこを探したらいいのよ。
恋人になったばかりの相手をよくもそんなに全面的に信頼出来たもんだ。
あ。わたしか。
それだけわたしを信用してくれてるってことか。
そう気づいたらなんだか嬉しくて。
でもさっきまでいたのに今はいないのが無性に寂しくなって。
いい匂いのする枕を抱きしめてみた。
変態だ。
肺いっぱいに吸い込んでゆっくり吐き出す。
星野さんの。匂いだ。
好きな人の匂いで心が落ち着くのはやっぱり変態なのか?
まぁいい。
とりあえず一番近いクローゼットを恐る恐る開けてみた。
なにこれ。黄金に輝くニット。
うーん。趣味なのか?ゴワゴワして痒くなりそ。
目立って目立って仕方ないだろうな。
一番無難な黒のフード付きのプルオーバーとデニムのジーンズを借りた。
Tシャツの上から着てみると少し大きいけど着れないことはない。ジーンズは…脚長いのね。もう1回裾を折る。
鏡を見てみる。まぁ行けないことは無いかな。
帰るだけだし。
喉乾いたな…
冷蔵庫の水を思い出す。
寝室からやたらと長い廊下を歩く。
途中にバスルームに繋がるドア。その隣はトイレかな?その反対側にもドアがある。
好奇心を抑えきれずに開けてみる。
ふわー。すごい…
多分きっとお仕事用の部屋なのね。
リビングも寝室もシンプル極まりないのに。
この部屋だけいろんなもので溢れてる。
星野さんの好きなものがいっぱい詰まってるのかな?
見たことのないフィギュアとか。
聞いたことのない海外アーティストのレコード。
リビングにあったオーディオセットよりも立派なのが置いてある。
この広いマンションの中で一番時間を過ごしてるんだろうなってのがよくわかる。
あまり見られたくはないだろうプライベートなスペース過ぎてすぐにドアを閉めた。
そのままリビングへ抜ける。
キッチンで冷蔵庫から水を取り出しコップに注ぐ。
何時間かぶりの水分が染み渡る。
改めてリビングを見てみるとオーディオセットと言うよりも大きなテレビを取り巻く機器がすごい事に気づいた。
どうなってるのかさっぱりわからない。
リモコンが何個あるの?ってくらいズラッと並んでる。どれが何のためのリモコンなのか。素人にはすべて同じに見える。
あ。電話。
カバンの中から自分の電話を見ると。
あー。電池切れ。どっかに無いかな…
キョロキョロしたらサイドテーブルの横からコードが出てた。星野さんの電話とたまたま同じ機種でよかった。
お尻にコードを刺して真ん中のリンゴが浮かび上がるのを待つ。
起動したのを確認してまた放置。
どうせすぐにはたまらない。
それにしても…大きい窓。
これ掃除大変だろうな…
足元から天井近くまであって。
カーテンの長さも半端ない。
流石にここは開かないか。
眺めは素晴らしい。
東京タワーが見える。
いつか行こうと思いながらなかなか行ってない場所がたくさんあるな…東京。
ぶーん。
電話が震えた。
「まだ部屋にいる?」
星野さんからLINEだった。
「いますよ。電話の充電が無くなってたので。
勝手に充電させてもらってます。」
「どーぞどーぞ。」
「お仕事は?」
「今向かってる。」
「どうしました?」
「初詣さ。オレも着物着たい。」
「持ってるんですか?」
「ない。紅白の時のそのまま買い取ろうかなと思って。」
「なるほど。」
「着物買ったことないんだけどいくらくらいすんの?」
「高いですよ?」
「怖っ(笑)」
「お安くさせていただきますね。」
「お願いします」
紅白の時の衣装を買い取るのか。
仕立て上がりだけど正絹を準備したから…そんなに安くなかったような気もする。
化繊はテレビ画面を通したり写真に撮ったりするだけで化繊とわかるものが多いし。目の肥えた人もたくさん見るだろうからと由美ちゃんと相談して全員正絹にした。ちゃんとこだわって選んでんのよ?
でも初詣に行くのに袴はいらないよね?
袴の代わりに羽織りにしてしまえば紅白の衣装ってのもわかりにくくなるだろうし。
正絹の羽織りの仕立て上がりなんかあったかな…
ざっくり見積もっても5万以上はするだろうな。仕立て上がりだからそのくらいだとは思うけど…
羽織り、着物、帯。
多分雪駄なんかも持ってるわけが無いだろうから一式揃えなくては着て歩けない。
星野さんはどれくらいを想像してるんだろ。
どっちにしても明日には行かなくてはならない。
紅白とCDTVの衣装をバラして片付けて。
洗いに出すものやモデル着用分として見本で使うようにするもの。
星野さんのは…まだひとまとめになってたかな…
昨日のことなのに。既に遠い昔の事のように思えてしまう。
さて…帰ろうかな…
広すぎるこの部屋に(勝手がわからなさ過ぎて居心地が悪い)1人でいるのは寂しすぎる。いつかここが勝手知ったる我が家のようになるのかな…なんてふと考えてニヤけてしまう。
このマンションが東京のどの辺にあるのかさっぱりわからないので公共の交通機関よりもタクシーで帰ろう。
紙袋。あるかな…無さそうなんだよなぁ…
いっそのこと置いて帰るか。
4日には必要になる小物だけカバンに入れて。
着物と襦袢と帯を置いて帰る。
そんなことしていいのかな…
「お仕事中ごめんなさい。どこか…」
LINEを打ちかけてやめた。
仕事の邪魔しちゃダメね。
仕事がひと段落すれば何かしら連絡が来るだろうから…
今までそうやって向こう任せにしてたからダメになってきたんじゃないの?
数少ない経験が物を言う。
LINEなら仕事中はどうせ見れないだろうから。
送っとけばいいじゃない。
それも一理ある。
「お仕事中ごめんなさい。わたしの着物置いとかせてください。また取りに来ます。」
それだけを紙飛行機に託した。
そう打って送った以上はもう覚悟を決めよう。
帰る。
小物をバッグに詰め込んで、草履を片手に持つ。
靴…んー。星野さんのスニーカー借りちゃえ。
やりたい放題だな…わたし。
泥棒じゃないか。
やっぱり着物で帰ろうかな…
ぶーん。
「了解。靴も好きなの履いてっていいから。」
魔法使いなのか?星野さんは。
「全部お見通しですね。ありがとう。」
「魔法使いですから」
その後にまた変なキャラクターがスタンプで飛び出してきた。
「じゃ帰りますね」
「気をつけて。後で電話する。」
「はい。待ってます。」
少しだけサイズの大きいスニーカーを履いて。
ドアの鍵を閉める。こんなすごいマンションなのにオートロックじゃないのか?
そんな疑問を持ちながらエレベーターに乗り込んで。
地上1階に降りた時に思わぬ寒さに凍えた。
着物でも洋服でも着れるコートだけど…フードの中に入り込んでくる冷たい風は容赦ない。
大きい通りまでは歩いていかなきゃ。
大通りでタクシーを拾い行き先を告げる。
やっと…長い一日が終わったような気になった。
日々の嫉み
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