妄想劇場 29

(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)


紅白当日 3






控え室。
紅白歌合戦がもうすぐ始まろうとしている。
始まる直前のオープニングのリハがさっき終わった。
演歌歌手の大御所さん。アイドルの皆様。ジャニーズの皆様。それぞれが楽しそうなんだけど緊張感があって。やっぱり紅白はすげー!と興奮してしまう。

初出場の方々は気合い十分。自分の初出場を思い出す。寺ちゃんが泣いて喜んでくれた初出場。
まさか出れるなんて思ってもなかったからオレ自身もガッチガチに緊張して本番前後はほとんど覚えてない。4回目になるけどやっぱりすごいわ。

時間は6時半。そろそろかおるさんが来るかな?
そんなことを考えながら昨日のことを振り返る。

ちゃんとオレプロデュースのコーディネートで来てくれんのかな。誰にも言えない2人だけの秘密。
かおるさんがあのドアを入ってきた時。オレは平常心でいなくてはならない。
忘れることは出来ない。けど考えちゃダメだ。
オレにとっても、かおるさんにとっても。大事なお仕事の場なんだから。

コンコン。


わ!はい!

「失礼しまーす。お疲れ様です。星野さん。」

なんだ。寺ちゃんかー。

「僕ですみません。誰か来るんですか?」

なんで謝んのよ。
今日の衣装担当のかおるさんが来たかと思ったの。

「あー。大日方さん。」

そうそう。オビナタサン。
いつもかおるさんって呼んでるからそれ呼びなれない。

「なかなか珍しい苗字ですよね。」

そうだよね。オレ初めて聞いたわ。

「知ってましたけど、初めて会いました。」

で?なんかあった?寺ちゃん。

「いや。紅白始まったらゆっくり話も出来ないと思ったので、年末のご挨拶をと思いまして。」

んはは。なるほどね!

「星野さん。改めて。今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いします。」

こちらこそよろしくお願いします。

「では。僕はこれで。」

え。もー行っちゃうの?

「寂しいんですか?もうすぐ大日方さん来るんでしょ?」

いや、まぁそうなんだけど。


正直。かおるさんが来てもすぐ衣装の準備なんかでバタバタするだろうから。でも二人きりになって何かしら変な衝動が起こらないようにも寺ちゃんにはいて欲しかった。
石田くん何してんだろ…

コンコン。


はーい。

「失礼します。おはようございます。」

かおるさん!おはようございます!


来た。来た!
オレプロデュースのかおるさんが来た!
蛍光灯の下で見たよりも明るいグレーの着物。
うっすら浮かび上がる模様が動きで浮いたり沈んだり。コートを脱いだら渋い赤の帯が出てきた。
濃いめのグレーの帯揚に黒の帯締(覚えた)。
首元の衿が黒地に金の雪の結晶の模様。袖の内側から見える黒い布。
めちゃくちゃかっこいいんですけど。
その辺の女性演歌歌手に負けずとも劣らない。
全身を上から下までチェックしてしまった。


かおるさん。今日めちゃくちゃかっこいいですね!

「はい。かなり気合いが…入ってます。」


ちょっと恥ずかしそうに笑った。
そりゃね。オレに選んで貰ったなんて言えないからね。


「大日方さん。お疲れ様です。」

「寺坂さん。お疲れ様です。」

「じゃ僕はこれで。」

やっぱり行くのね…

「はい。星野さん。本番袖から見てますね」

はーい。


バタン。ドアが閉まる。
少し沈黙。かおるさんが風呂敷の確認をする音が部屋の中に響く。布がズレる音が。


かおるさん…大丈夫?緊張してる?

「そう…ですね。してないと言ったら嘘になります。
でもこれがあるので。大丈夫。」


胸元からあの荷札を出す。
ちゃんと持ってきてくれたのが嬉しくて。
んー。抱きしめれないのがもどかしい。


「じゃ、わたしは皆さんの控え室に衣装を運んで行きますので。」

かおるさん!

「はい?」


一つ目の(亮ちゃんの)風呂敷を持って早速控え室を出ようとする所を立ち上がって止めた。
何も出来ることはない。だから。右手を出した。


今夜は。よろしくお願いします。

「ふふっ。こちらこそよろしくお願いします。
ちゃんとゴールしますからね?」


かおるさんも握手に応じてくれた。
大きい手の平と細い指がオレの手に絡む。ひんやりした手。ずっと握っていたいのに。思わず親指がかおるさんの手の甲をなぞる。
今触れ合えるのはここまでだ。


今日は震えてないんですね。

「今日は。心強い味方がいますからね」


雪女の妖艶さが少しだけ滲んだニッコリ笑顔。
お仕事モードのかおるさんはやっぱりかっこいい。


「衣装を運んで行きますので、少し出たり入ったりしてしまいます。すみません。」

大丈夫です。もうすぐ紅白が始まりますから。
オレは最初から出るんで。


着てるスーツの襟をピッと持つ。


「素敵です。星野さんは何でもお似合いですね。」

ふはは。ありがとう。

「では。また後で。」


そう言ってかおるさんは風呂敷を抱えて控え室の外へ出ていった。その時に指に絆創膏が貼られているのを見かけた。どうしたのって聞こうとした時にはすでにかおるさんは通路に出てしまった。

入れ替わりに石田くんが来た。


「なんか…今日は一段と隙がありませんね。かおるさん。」

かっこいーよねー。

「下手な演歌歌手よりもかっこいいですね。」


そのかっこよさ。オレプロデュースなんだよー?
ってここまで出かけたけどやめた。
終わってから話せばいいや。


「そろそろ始まりますので。スタンバイお願いします。」

はーい。


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