妄想劇場 14

(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)






デート(衣装合わせ前日の夜)the other side


「おつかれー」

「お疲れ様でしたー。」

「源ちゃんまた明日ねー」

はーい。お疲れさまでーす。


今日もいいお仕事が出来ました。明日に繋がる結果も出たし。アレンジも最高!
やっぱり音楽は楽しい。
今日はこれで終了だ。久しぶりに明るい(ってもすでに暮れかけてるけど)内に帰れる!
みんなニコニコで帰っていく。


「星野さん、帰りますか。」

石田くん。今日はもう帰りなよ。

「え。星野さんはどうするんですか?」

そんなの。どうにでもなるよ。子供じゃないんだから。

「いやまぁそうですけど…」

じゃあさ。とりあえずあそこまで送ってくんない?
オムライスのとこ。

「いい加減店の名前覚えたらどうですか?(笑)」

そういや知らないね…(笑)


本当に知らない。
看板もツタに隠されてるから気にしたこともなかった。


「つい3日前も行きましたよね?」

いーじゃん。オムライスの気分なのよー。

「太りますよ?」

ちゃんと運動してますよー。


帰り支度をしながらそんな会話をし、オレたちはスタジオをあとにした。明日は場所が変わるから搬入もあるしちょっと早めに集合することになっている。

寒い。
寒くて当たり前の季節だから文句はないけど…
こんな寒くなくてもよくない?
と石田くんと笑いながらあの喫茶店まで車で送ってもらった。


「じゃまた明日。よろしくお願いします。」

はーい。奥さんに宜しくね。

「ありがとうございます」


そう言って石田くんは走り去って行った。
寒い。暖房が効き始めたばかりの車内からまた外に出たから暖まる間もなくまた極寒に戻ってしまった。チラチラ雪も舞い始めている。
まぁいっか。早く中に入ろう…と一歩動こうとした瞬間に。
角をゆっくり曲がってきた人。


かおるさん?


まさか会えるなんて思ってもなかった。
明日仕事で一緒になるし、完全に油断してた。


「あ…星野さん…どうして。」

オムライス…食べたくなっちゃって。

「ふふっ。同じです。」


笑いながらも頬が少し濡れている。
なんで泣いてんの?こんなシチュエーションありかよ…


かおるさん何かありましたか?


思わず手が出た。
笑った瞬間に流れ出た涙を人差し指で拭う。


「え。あ。いや。なんだろ。
季節のせいですね…ほらクリスマスとかは。
人肌恋しくなるって言うじゃないですか。」

とりあえず…中入りましょう


かおるさんと出会った瞬間に体温が上がってもう寒くはなかったが、こんな所を誰かに目撃されてもまずいし、結局は寒い。
重たいドアに手をかけた。

カランカラーん

「いらっしゃい。」


マスターがふわっと迎えてくれる。
暖かい空気が冷たい冷気で冷えきった身体を包んでくれる。


こんばんは。マスター

「こんばんは。」

「あら。2人一緒にって珍しいね」

たまたま。外でばったり会ったんですよ。

「寒かったでしょ。好きなとこ座って?」


マスターはそう言ってコーヒーをふたり分用意をし始めた。
コートを脱ぐ。かおるさんも暖かそうなコートを脱ぎ始めた。


はい。貸して?


手をだす。


「え?」

掛けとくから。


なかば無理やり彼女の手からコートを取り上げハンガーにかけてコートラックにかけた。
振り返ると久しぶりに見る着物姿。
渋いモスグリーンの着物に明るいオレンジの帯。
優しい組み合わせでいいなぁと見惚れた。


「…優しいんですね。」

誰にでも優しいわけじゃないですよ?
かおるさんだから。


これはわざと言ってみた。
どんな顔をするか見てみたかった。


「そう…ですか。」


目を逸らした。ちょっと俯いて、顔が赤らんでいるのがわかる。けども口元は一文字。


勘違いなんかしてませんよ?

「え?」


彼女が顔をあげた。


勘違いじゃないです。


もう一度念を押す。なんで考えてることがバレたの?って顔をしてるからちょっと笑ってしまった。


ボクは。かおるさん好きですよ?

「今…どっちですか?」

へ?どっち?


今度はこっちが変な顔をしてしまう。
どっちって…なんのこと??


「はい。お待たせ。2人ともなんで立ったまんまなの?」


マスターがコーヒーを持ってきた。
多分聞こえてるはずのやり取りを聞こえてないフリをして。

テーブルに置かれたコーヒー。
まだ6時前だというのにとっぷり外は暗闇。
時々車のヘッドライトに照らされフワフワ舞い上がる雪。
せっかくいれてもらったコーヒーに手をつけずに質問をぶつけてみる。


どっちってどういうことですか?


かおるさんはちょっと困った顔をしながらゆっくり話し出した。


「芸能人ホシノゲンなのか…わたしの知ってる星野さんなのか…と言ってもわたしの知ってる星野さんは音楽やってて、オムライスが好きで、深夜ラジオやってるってことしか知らないんですけど。
たまにわからなくなります。
どっちもたぶん星野さんなんだけど。
テレビで見ると別人みたいで…
なに言ってるかわからないですよね。ごめんなさい。」


あー。そーゆーことかー。
確かにオレは芸能人。テレビや雑誌なんかにもよく出てる。ONの顔とOFFの顔を持ってない訳ではない。
でもそれを意識したこともあまり無い。
テレビに映るオレも今ここで好きな人を前に座ってるのも同じ人物だ。ましてや、今この瞬間はただの男。


ボクは…小さい頃から人間が好きです。好きすぎて体当りしたりなんかして逆に嫌われたりもしてきた。学生の頃はそれがトラウマみたいになって人見知りになりました。でも音楽をやったり、演じることをやってみるようになって。それが仕事になるようになって。だんだん人見知りって化けの皮を被ってるのが嫌になりました。好きなものは好きでいいじゃないかと思うようになった。病気したりってこともあって、ますますそう思うようになったんです。人生は短いから。
好きな人に好きだって伝えれずに後悔するのは嫌だから。ボクはかおるさんの知ってる星野源でもあり、画面の中のホシノゲンでもあります。2人は同一人物だし、ボクは使い分けてるつもりはないですよ?
たまに…忙しすぎると「ホシノゲン」を自動操縦にすることはありますけどね…


そこまで言ってオレはコーヒーをひと口飲んだ。
少し彼女の顔が和らいだ。それを見て少し安心した。


半年前に…かおるさんと初めて会ったあの雨の日に。
ボクは素敵な人に出会えたなと心から思いました。
オムライスをあんな幸せそうに食べてる人に悪い人は絶対にいない。それから4回。今日で5回目ですね?あの京都でのニアミスを含めれば。会う度にボクはかおるさんに惹かれてますよ?
さっき外でばったり会った時に泣いてたかおるさんを見てなんだかほっとけなかった。普通ならそんなめんどくさいことしません。


泣けばなんとかなるって思ってる女に興味はない。
涙は結局何も解決しないから。泣くことがストレス発散になるなら泣けばいいけど、それをあからさまに狙って男の前でシクシクやられるのは…興ざめだ。


「わたしの事を好きだって…それは人としてってことですか?」


そう聞かれて…返答にちょっと困った。確かにかおるさんのことは人として好きだと思っている。でもそれ以上の感情があることも否定出来ない。燃えるようなではないけど…暖炉のようにジワジワ暖めてくれるような感情。


人として…もですけど…1人の女性としても。


恥ずかしい。さっきまでたんたんと語ってたオレはホントの本音を出してしまった。でも。これが今のホントの気持ち。伝われ!と念を込めてまっすぐ目を見て言った。

かおるさんの顔が曇ったり晴れたりしていて彼女の心の中も忙しそうだ。でもさっきより顔に色が戻った。
かわいいなぁと素直に思って眺めた。


マスターが動いた。
重たいドアを開けて外でゴソゴソしてまた戻ってきた。


「もう閉店にしたから。気にせずゆっくり話してていいからね?」

さすがマスター。ありがとう。

「星野さん…このあとお仕事はないんですか?」

今夜はないんですよ。さっきマネージャーとも別れて。たまには1人で帰るよって。彼にも家族がいるから早く帰らせてあげたいと思ったんです。

「そうだったんですね。」

1人で帰るにしても寒いし腹は減ったしと思ったので、ここでおろしてもらったんです。
そしたらかおるさんがいるから。びっくりしました。しかも泣いてたし。

「恥ずかしい…」

何かあったんですか?

「いやいや。ほんとにちょっと寂しくなっただけです。
この時期に1人で都会を歩くのは…寂しいじゃないですか。そんなことを考えてたら雪が降ってきて。
綺麗だなって思ったら泣けてきちゃって。
そしたら星野さんに声かけられて。」


なるほどね。この季節特有の孤独感に襲われたのね。
わかりますわかります。
オレだって街を歩くカップル共を踏み潰してやりたいと思ってます。
この広い東京で常に気を張って1人で生きてるんだろうな…


ボクはてっきりボクと仕事するのが嫌なのかと…

「そんなことはないです。
時間が無いけど、やれることは全てやります。
でないと全国、全世界のホシノゲンのファンに殺されます。」


かおるさんの中では「星野源」を呼ぶ時は星野さん。ホシノゲンを呼ぶ時ホシノゲンと言う。
表舞台のオレと誰にも見せないオレがちゃんとそこに存在してしまっている。
同じ人物なんだけど…使い分けてるつもりはない。でも見せなくていいものを見せるつもりもない。
ONとOFFがあることを理解してくれているのだろう。


ふはは。その時はボクがお守りします

「王子様ですね。ふふっ。」

そんなかっこいいものじゃないですけどね。ギター背負ってるし


雪が降る。フワフワと舞い降りてはすっと消えていく。店の中は暖かく外の冷たい空気からオレ達を包み込んでくれている。
優しいジャズが流れている。それが夢の世界のような幻想を思わせる。
目の前には先ほど好きだと伝えた女性。
彼女からそれに対する返答はない。そりゃね。突然そんなこと言われてもね…
オレの事を(表のオレを)知ってる女なら喜んで尻尾振るところだろうけど…彼女は至って冷静…のように見える。不用意なことはしない。賢い人だなと思う。


ぐー。


オレの腹が鳴った。


「ぐー。」


それに応えるようにかおるさんのお腹も鳴る。


いい雰囲気ぶち壊し(笑)

「ほんとに(笑)」


目を合わせて笑った。
目を細める彼女がホンワカしていて勝手なフィルターを通して見ているかのようにかわいい。
このフィルターは期間限定なんだろうか…

マスターにオムライスをお願いした。
ふわふわで美味しいいつものオムライスの味が心の中の暖かいものに邪魔されてわからなくなる。物足りないんじゃなくて。満たされすぎて。

食べ終わり、食後のコーヒーを飲む。
このあと何か予定ありますか?


このまますんなり彼女と別れたくなかった。
幸いにも仕事はないし、外でオレを待つ人もいない。


「いえ。特には…」

ちょっと…歩きませんか?

「風邪ひきますよ?」

大丈夫ですよ。

「じゃ。少しだけ。」

ふふ。デートしましょう。


オレは心の中でガッツポーズをしながらマスクを付けた。

マスターにお礼を言って2人で店の外に出た。
寒い。雪は止んだが、とにかく冷える。
スタジオは暖かいから割と薄着だけど、今日はダウンジャケットを着てきて本当によかった。
ふと彼女の方を見ると「大丈夫?」って顔をしていた。
本気で心配してくれてるのがわかる。
寒いけど。そんなの気にならないくらい心が暖かい。


大丈夫ですよ。


手を繋ぐわけでもなく。一定の距離を保ったまま歩く。
街はすっかりクリスマスモードだ。イルミネーションが至るところに施されていて眩しい。


「綺麗だな…」

綺麗ですねぇ


キラキラ輝く街並みを見ながら声が揃った。
お互いに顔を見合わせてふふっと笑う。
オレの手が彼女のに触れた。冷たすぎた。片っぽだけだけど…と思いながらその手を取り自分のダウンジャケットのポケットに突っ込んだ。


ドキドキしてますか?

「心臓飛び出しそうです。」

ふははっボクもです


咄嗟に取った行動だったけど…考えてみれば好意を持ってなかったら絶対にやらない事だと思った。
オレのポケットの中で彼女の手はオレの手の中。
逃げるわけでもなく。
ただ入れられて握られてるだけでもなく。
ちゃんと握り返してくれている。
応えてくれているのがわかって嬉しかった。

イルミネーションの勢いに押されてなのか。
夜の魔法にかかったからなのか。
身震いするほど寒いはずなのに2人とも震えてはなかった。ずっとこのままいれたらいいのに…


「…もう帰りましょう。明日もありますし。」


しばらくしてから彼女がふっと喋った。


そうですね。ホントはもう少しこうしていたいけど。

「ダメです。風邪ひきます。
歌歌うんでしょ?自覚してください。」

仰る通りです。


お仕事に関してはほんとに厳しい人だ。
苦笑いするしかなかった。
ほんとはあなたももう少しこのままいたいんじゃないの?それともそれはオレの自惚れ?

そのまま…右と左にふた手に別れることにした。
タクシーで送ると言ったが頑なに断られた。
まぁね。確かにそんなことしたらたぶん彼女のマンションで一緒に降りかねないし。
さっきから石田くんの顔がチラつく。
「星野さん…信用してますからね?」
はいはい。わかりましたー。


「ありがとうございます。
でも大丈夫です。
今夜は幸せな気持ちで寝れそうなので。余韻に浸ります。」


ポケットの中から手を引っこ抜かれそうになる前に。
もう一度握ってみる。つい癖で親指の腹で彼女の手の甲をさすってしまった。
それに対してちゃんと握り返して来たその手はそのままゆっくりと抜けて行った。
二人分の暖かさが急に温度が下がる。
もう少し…名残惜しそうにしてくれてもいいのにな…


わかりました。じゃ。また明日。

「また。明日。おやすみなさい。」

気をつけて。おやすみなさい。


そう言って彼女から離れた。
あっさりと離れて行ける彼女の潔さ。
やっぱり大人だな。
いつまでも名残惜しそうにしてたらダメだ。
スタスタと振り返りもせず歩く彼女。もし振り返ったら…オレはたぶん自分を抑えられなくなりそうなのが自分でも分かった。
追いかけてしまうだろう。そのまま彼女の手を取ってしまうだろう。
ここはオレも潔く。帰ろう。
タクシーを捕まえて乗り込んだ。
そのすぐあとに彼女が振り返ったことをオレは知らない。

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日々の嫉み