妄想劇場13


(こちらは完全に妄想の物語です。
実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)




デート(衣装合わせ前日の夜)


とりあえずの準備が終わり、退社の時刻にもなった。
年末に向けて会社でやるべき事は少ない。
12月。世間はクリスマスだとか来たる次の年への期待を膨らませている。
着物の上に厚手のコートを着る。
今日は冷える。

3日前に行ったばかりだけど。帰ってもすることはないのであの喫茶店に行こうと思った。
通りを歩くのはカップルが多い。
誰かと一緒に街を歩いたことなんて…あったかな?
学生の頃か?
社会人になってからそんな余裕無かったような気がする。

あ。雪だ。
空から小さく白いものがフワフワと舞い降りてきた。

考えてみれば東京に来てから仕事しかしてこなかった。付き合う友達も職場の人達。仕事の帰りに飲みに行くとか以外で休日に会おうとかそんな付き合い方はしてこなかった。
なんでもない友達を作る暇はなかったし。
会社関係以外で話をした人があまりいない。
地元に帰っても「東京で何してるの?」「結婚は?」「そろそろ帰ってきたら?」この繰り返し。
親には我慢してもらっている。まぁ兄妹が先に孫は作ってくれてるからわたしに変なプレッシャーもないし。
同窓会なんかもってのほかで行かない。
昔の話で盛り上がるのは好きじゃない。

あれ。なんか寂しい人生送ってる?
何でそんなこと思った?
涙が零れた。
雪が。雨なら。ごまかせたかもしれない。

あの重たいドアがもうすぐそこって曲がり角で。


「かおるさん?」


涙で少しぼやけた視界に星野さんが突然うつった。


あ…星野さん…どうして。

「オムライス…食べたくなっちゃって。」

ふふっ。同じです。


わたしは泣き笑い。彼は照れ笑い。


「かおるさん何かありましたか?」


メガネにマスクの完全変装ホシノゲン。
ドラマのワンシーンみたいに左の人差し指でわたしの頬から涙を拭った。


え。あ。いや。なんだろ。
季節のせいですね…ほらクリスマスとかは。
人肌恋しくなるって言うじゃないですか。

「とりあえず…中入りましょう」


そう言って重たいドアを開けてくれた。

カランカラーん


「いらっしゃい。」


マスターがふわっと迎えてくれる。
暖かい空気が冷たい冷気で冷えきった身体を包んでくれる。


「こんばんは。マスター」

こんばんは。

「あら。2人一緒にって珍しいね」

「たまたま。外でばったり会ったんですよ」

「寒かったでしょ。好きなとこ座って?」


マスターはそう言ってコーヒーをふたり分用意をし始めた。
よかった。わたしの涙はバレてないみたい。
コートを脱ぐ。


「はい。貸して?」

え?

「掛けとくから。」

…優しいんですね。


サラッと紳士なことをするホシノゲン。
そんなことされたら勘違いしてしまいそうになる。
勘違いだとわかってする勘違い。
後で痛い目に合わないように。被害は最小限に抑えるために。これは束の間の幸せな夢だ。最初から勘違いと決めつけておかなければ。


「誰にでも優しいわけじゃないですよ?」


そう言って優しく瓶底メガネの奥の目が細くなる。


「かおるさんだから。」

そう…ですか。


まずいな…ほんとに勘違いしちゃいそう。
心の声が大きくなる。防衛本能が。わたしの弱い部分を守ろうと臨戦態勢になりかけた。


「勘違いなんかしてませんよ?」

え?

「勘違いじゃないです。」


なんの話し?
ポカンとしてるであろうわたしの顔を見てふふって笑いながら星野さんは続ける。


「ボクは。かおるさん好きですよ?」

今…どっちですか?

「へ?どっち?」

「はい。お待たせ。2人ともなんで立ったまんまなの?」


マスターがコーヒーを持ってきた。
多分聞こえてるはずのやり取りを聞こえてないフリをして。

テーブルに置かれたコーヒー。
まだ6時前だというのにとっぷり外は暗闇。
時々車のヘッドライトに照らされフワフワ舞い上がる雪。


「どっちってどういうことですか?」

芸能人ホシノゲンなのか…わたしの知ってる星野さんなのか…と言ってもわたしの知ってる星野さんは音楽やってて、オムライスが好きで、深夜ラジオやってるってことしか知らないんですけど。
たまにわからなくなります。
どっちもたぶん星野さんなんだけど。
テレビで見ると別人みたいで…
なに言ってるかわからないですよね。ごめんなさい。


わたしが吐き出すのをじっと黙って聞いてくれた。
コーヒーに手をつけず。


「ボクは…小さい頃から人間が好きです。好きすぎて体当りしたりなんかして逆に嫌われたりもしてきた。学生の頃はそれがトラウマみたいになって人見知りになりました。でも音楽をやったり、演じることをやってみるようになって。それが仕事になるようになって。だんだん人見知りって化けの皮を被ってるのが嫌になりました。好きなものは好きでいいじゃないかと思うようになった。病気したりってこともあって、ますますそう思うようになったんです。人生は短いから。
好きな人に好きだって伝えれずに後悔するのは嫌だから。ボクはかおるさんの知ってる星野源でもあり、画面の中のホシノゲンでもあります。2人は同一人物だし、ボクは使い分けてるつもりはないですよ?
たまに…忙しすぎると「ホシノゲン」を自動操縦にすることはありますけどね…」


そこまで言って彼はコーヒーをひと口飲んだ。

自動操縦って…ふふっ。
また瓶底メガネの奥が優しく笑う。わたしの心の声が聞こえましたか?


「半年前に…かおるさんと初めて会ったあの雨の日に。
ボクは素敵な人に出会えたなと心から思いました。
オムライスをあんな幸せそうに食べてる人に悪い人は絶対にいない。それから4回。今日で5回目ですね?あの京都でのニアミスを含めれば。会う度にボクはかおるさんに惹かれてますよ?
さっき外でばったり会った時に泣いてたかおるさんを見てなんだかほっとけなかった。普通ならそんなめんどくさいことしません。」


たんたんと堂々と。自分の考えていることを言葉を選びながら話す星野さんは。人たらしに違いない。


わたしの事を好きだって…それは人としてってことですか?


思い切って聞いてみた。
わたしも聞かずに後悔するのは嫌だ。例え明日から仕事で一緒に過ごす時間が増えたとしても。
それはあくまでも仕事。今ここで本音をさらけ出してくれている星野さんに聞いておかなければ明日からの時間に支障が出てしまう。


「人として…もですけど…1人の女性としても。」


人って言っとけよー!そこはー!
心の声が叫ぶのを抑えた。

赤くなりながらも少し戸惑いながらもわたしの目を真っ直ぐ見てその言葉を発した。
幸せな感情がフワフワとわたしを包み出すのがわかる。こんな気持ちになるのは何年ぶりだろう。

マスターが動いた。
重たいドアを開けて外でゴソゴソしてまた戻ってきた。


「もう閉店にしたから。気にせずゆっくり話してていいからね?」

「さすがマスター。ありがとう。」

星野さん…このあとお仕事はないんですか?

「今夜はないんですよ。さっきマネージャーとも別れて。たまには1人で帰るよって。彼にも家族がいるから早く帰らせてあげたいと思ったんです。」

そうだったんですね。

「1人で帰るにしても寒いし腹は減ったしと思ったので、ここでおろしてもらったんです。
そしたらかおるさんがいるから。びっくりしました。しかも泣いてたし。」

恥ずかしい…

「何かあったんですか?」

いやいや。ほんとにちょっと寂しくなっただけです。
この時期に1人で都会を歩くのは…寂しいじゃないですか。そんなことを考えてたら雪が降ってきて。
綺麗だなって思ったら泣けてきちゃって。
そしたら星野さんに声かけられて。

「ボクはてっきりボクと仕事するのが嫌なのかと…」

そんなことはないです。
時間が無いけど、やれることは全てやります。
でないと全国、全世界のホシノゲンのファンに殺されます。

「ふはは。その時はボクがお守りします」

王子様ですね。ふふっ。

「そんなかっこいいものじゃないですけどね。ギター背負ってるし」


雪が降る。フワフワと舞い降りてはすっと消えていく。店の中は暖かく外の冷たい空気からわたし達を包み込んでくれている。
優しいジャズが流れている。それが夢の世界のような幻想を思わせる。
これは夢なのか?目の前に座る星野源がわたしのことを好きだと言う。
夢ならわたしも好きだと言ってハッピーエンドでいいのに。
これは現実だから。その言葉に今は答えれない。
狡い女かもしれない。でも星野さんも別に返答を求めても来ない。ならばこのままでいい。今は。


「ぐー。」


星野さんのお腹がなった。


ぐー。


それに応えるようにわたしのお腹も鳴る。


「いい雰囲気ぶち壊し(笑)」

ほんとに(笑)


星野さんと目を合わせて笑った。
ふわふわ幸せな時間。

マスターにオムライスをお願いした。
ふわふわで美味しいいつものオムライスの味が心の中の暖かいものに邪魔されてわからなくなる。物足りないんじゃなくて。満たされすぎて。

食べ終わり、食後のコーヒーを飲む。


「このあと何か予定ありますか?」

いえ。特には…

「ちょっと…歩きませんか?」

風邪ひきますよ?

「大丈夫ですよ。」

じゃ。少しだけ。

「ふふ。デートしましょう」


瓶底メガネはそう言ってマスクを付けた。
マスターにお礼を言って2人で店の外に出た。
寒い。雪は止んだが、とにかく冷える。
着物はそこそこ暖かいし、厚めのコートを着てるのでそうでもないが…星野さん大丈夫?
わたしの顔を見た星野さんが笑った。


「大丈夫ですよ」


手を繋ぐわけでもなく。一定の距離を保ったまま歩く。
街はすっかりクリスマスモードだ。イルミネーションが至るところに施されていて眩しい。


綺麗だな…

「綺麗ですねぇ」


キラキラ輝く街並みを見ながら声が揃った。
お互いに顔を見合わせてふふっと笑う。
おもむろに彼の手がわたしの手に触れた。大きな手はわたしのそれを握り自分のダウンジャケットのポケットに突っ込んだ。わたしの手をしっかり握っている。
思わず握り返してしまう。


「ドキドキしてますか?」

心臓飛び出しそうです。

「ふははっボクもです」


夜だから。雪だから。イルミネーションが綺麗だから。
理由はいくらでもある。
肌に触れる空気は冷たいのに。彼のポケットに入ってるわたしの手と彼の手はあったかくて。
心までしっかり暖まっている。
でも。このままここでこうしている訳にはいかない。


…もう帰りましょう。明日もありますし。

「そうですね。ホントはもう少しこうしていたいけど。」

ダメです。風邪ひきます。
歌歌うんでしょ?自覚してください。

「仰る通りです。」


そのまま…右と左にふた手に別れることにした。
タクシーで送りますよ?と言われたがそんなことしたらますます離れがたくなるし、何よりこの熱を冷ましたかったので笑って断った。


ありがとうございます。
でも大丈夫です。
今夜は幸せな気持ちで寝れそうなので。余韻に浸ります。


ポケットの中から手を引っこ抜こうとするとさっきよりも少し強く握られた。彼の親指の腹がわたしの手の甲をなぞる。
そんな事しないで…帰ろうと決心した心が揺らいでしまう。
ダメだ。このまま流されちゃ。ダメ。
ゆっくりと。彼のダウンジャケットから手を抜いた。
冷気に当たってさっきまでの温度が冷えていく。


「わかりました。じゃ。また明日。」

また。明日。おやすみなさい。

「気をつけて。おやすみなさい。」


そう言ってわたしから離れた。
あなたは右へ。わたしは左。
振り返ったらどうなるかくらいはわかっている。
だからこそ前に前に進むしかなかった。
ちょっと歩いて…振り返ってみた。彼はタクシーをすでに拾ったのかそこにはもういなかった。
赤いテールランプが遠くを走り去っていく。

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